一方で、村のあちこちで戦いへの準備と、それに伴う交流劇が進んでいた。
それは多様な人間ドラマのワンシーンだ。
私は全体把握を兼ねて村のあちこちを回って眺めていた。
まずはバロンさん。
リゾノさんの弟であるラジア少年や数人の少年義勇兵と一緒だった。村の一角に村の物資倉庫を兼ねた武術鍛錬場がある。その傍らでなにか大きな長物を見極めている最中だった。
丈夫な木箱に収められた巨大な長弓矢だ。それを持ち出してきたのはラジア少年らしい。
「これをバロンさんに使ってほしいんです」
ラジア少年が憧憬の視線でバロンさんに語りかけている。
「私に?」
そう驚きつつ長弓を持ち出す。3ファルド4ディカ(約130センチ)ほど――。確かに長弓だが形状に独自の特徴が見られた。
左手で持つことになる握りの部分がゴツく太く、また中央部に4ディカ(約16センチ)ほど前方への張り出しがある。
それになにより――
「なんだ? この文様は?」
――バロンさんがつぶやく通り、その弓の表面には文字のようなものが彫られている。その文様に私は見覚えがあった。
私は足早に近寄っていく。
「どうしました?」
「隊長?」
私はその大型弓に記された文様を検分する。そしてそれは――
「これは〝先史フェンデリオル文字〟ですね」
「え?」
「どういう事ですか?」
「これは――かなり古いものですね。ちょっと失礼――」
先史フェンデリオル文字――、かつて600年前に滅亡した古代フェンデリオル国にて用いられていたと言われている古代文字だ。現在公用語で使われているのは簡略化された現代フェンデリオル文字。
私は一言断ってから、その弓を手にすると先史フェンデリオル文字を読み始めた。
「〝これは火精と風精と契約を結びし剛弓なり。火精と風精に祝福を受けし者のみがこの弓を弦を引くことができる。この弓の銘は『ベンヌの双角』である〟」
私はその彫られていた文の意味を理解したときに驚きを隠せなかった。
「これ二重属性の精術武具ですよ!?」
古くから伝えられている精術武具の場合、製作者によってその由来や使い方が彫られている場合がある。それがこの弓のように古代文字が彫られている場合、その古代文字が通用していた年代の頃に作られたということになるのだ。
「しかも、彫られている文字の種類と形式から考えて最低でも700年前のものです。古代文字には種類がありそこから推察できます」
私の答えにバロンさんも少年義勇兵たちも一様に驚いていた。
「読めるのですか?」
「はい、昔、軍学校では精術学を専攻していました。高等精術学では古代文字は必須課題だったので」
そうあっさり答えつつ弓をバロンさんに渡しながら問う。
「この弓を引けますか? 属性に対して適性があれば引けると記されています。ただし、先程も申し上げたとおり二重属性なので適性のある方は非常に限られてしまいますが――」
バロンさんは弓を受け取ると無言のまま弦を引き始めた。弓自体は太く作られているので力を必要としそうなのだが――
――ギリギリ――ギリッ――
――その〝ベンヌの双角〟の弦はバロンと言う弓取りに対して抵抗することなく引かれてみせたのだ。
「すげぇ――」
少年たちから驚きが漏れる。
「村の誰も引けなかったのに」
「ラジア、お前の親父さん以来だぜ」
少年たちは意外な言葉を漏らした。私が視線を向ければラジア少年はその理由を答えてくれた。
「この弓はうちの先祖から伝えられていた物なんです。親父は優れた弓兵でこの村で唯一この弓を引けたんだけど、5年前に病気でなくなってからは、誰もこの弓を引けたものは居ないんです」
「そう――でも貴方は?」
わたしはラジア少年に問うた。精霊属性への適性は血筋で受け継がれる事が多いからだ。その問いにラジア少年は答えた。
「引けるけど――弓について父さんに教わる前に――」
それ以上の言葉が続かない。その意味はわかる。弓は反応してくれる。弦を引くことも出来る。だが弓を射る技術が身についていないと言うことだろう。それを伝授される前に父親を失ってしまったのだから。
ラジア少年の言葉に答えたのはバロンさんだった。
「そう言う事だったのか」
バロンさんが寂しげに微笑みを浮かべる。そして、ラジア少年がバロンさんへと向ける憧憬のその意味を察したのだ。
「この弓は使わせてもらおう。私も弦を引けたのもなにかの縁だろう。そして私で良ければ弓について教えてやろう」
「え? 本当ですか?」
「あぁ、この戦いを実践として基本を教えてやる」
そしてラジア以外の少年義勇兵にも告げる。
「お前たちにも教授してやろう。その代わり、明日以降の戦いでは矢掛けの補助を頼む。予備の矢や狙撃の際の周囲警戒なども必要になる。ただし――」
そこでバロンさんの声が厳しさを増した。
「――軍の補助少年兵と同じ扱いをする。子供だからといって特別扱いはしないからな」
そこにはバロンさん本来の弓兵としてのプライドと誇りがにじみ出ていた。そして――
「はい!」
そこには未来を信じ、先達の持つ技術へのあこがれがにじみ出ていた。バロンさんが言う
「では、野戦対応の準備をすすめる。その後に状況を見ながら弓術の基本を教える」
「よろしくおねがいします!」
その姿に私は告げた。
「では、彼らの預かりについて村長にお伝えしておきますね」
そこには未来の国の護りの担い手がそろっていたのだった。
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