「やはりそうでしたか」
そう告げたのはノリアさん。
「立ち振舞いが堂々としてらっしゃいましたから、初めてお会いした時からただの職業傭兵の方で無いと思っておりました」
さすが侍女長を勤めるだけはある。反対に驚きのあまり取り乱しそうになっているのが村長のメルゼムさん。
「そ、そんな。本当ですか?」
いかにも信じられないと言いたげな言葉に私は胸のデコルテの中に押し込んで隠しておいたあのペンダントを取り出す。
「これを見ても信じられませんか?」
私がいつも肌身離さず持っている〝人民のために戦杖を掲げる男女神像〟を掲げてみせる。
十三上級候族と言えばこの国に暮らす者なら知っていて当然だった。もちろんこの紋章像もあまりにも有名だ。
「なんと――」
証拠を見せたことで逆にかえって驚きが増してしまったようだ。私は苦笑しながら言う。
「そんなに取り乱すほど驚かないでください。2年前に実家を飛び出した跳ねっ返り娘なんですから」
その例えに苦笑しているのはドルスやダルムさん。プロアも苦笑いで言う。
「自分で言ってどうするんだよ?」
「だって事実だし」
私自身がそう言ってしまったことでみんなで笑い飛ばすような空気が流れた。村長もそれ以上は狼狽えても仕方がないと思ったのだろう。
「わかりました。あくまでもここだけの話として内密にさせていただきます」
さすが村長として村民をまとめる立場をしているだけはある。何を見聞し何を口外して良いのか、しっかりと理解している。
プロアはと言えば話の前提条件となる事実がみんなに共有されたので改めて話を進めた。
「今回、俺が中央首都のモーデンハイムの本邸へと向かったわけだが。そこで渡されたのが2枚の取引手形だ。その名義が先に名前を挙げた二人と言うわけだ」
そこにダルムさんが言う。
「ユーダイム候はと言いやあ、モーデンハイム家の前当主、今は隠居の身のはずだ」
「そうだ。そしてルストの祖父と言う事になる。実は今回、そのユーダイム候が非公式に個人名義で多額の寄付をしてくださっているんだ」
執事のオルデアさんが言葉を漏らす。
「はい、今回の祝勝会を開催するに十分すぎるほどのご寄付をいただいております」
「これについてはあくまでも非公式としたのは、現在のワルアイユが疲弊していて蓄えが底をついているという事実を周囲に悟られないようにするためだと聞かされた」
オルデアさんが更に言う。
「その通りです。周囲に対して寄付があってこそ祝勝会を開けたということが露見してしまうと、それだけワルアイユ家の威厳に傷がつくことになります」
「その意味ではユーダイム候も今回の祝勝会に隠された問題を十分に理解してると言って良いだろう。そのことはみんなも覚えておいてほしい」
お祖父様は物事の裏側をたくみに読み取る人だった。軍人として活躍している時もその優れた戦略眼で難事をいくども乗り越えたと聞く。
彼の言葉はまだ続く。
「さらにもう一つ、ユーダイム候から非公式に提案があったんだが、ユーダイム候には、このワルアイユを今後どうするか思い切った案があるんだ」
私を含めて皆の視線がプロアへと集まった。私は問う。
「その案とは?」
「まあ待て、話の前提条件となる説明があるんだ。我慢して聞いてくれ」
そう言われれば頷くしかない。
「まず中央の政界や侯族社交界では、ルストの正体であるエライア嬢の消息について、モーデンハイムの現当主であるデライガ候が多方面に圧力を加えまくって失踪の事実を隠ぺいしていた事が、ここにきて大問題になっているんだ」
私は疑問の声を出す。私の消息を偽装したことがなぜ問題になるのだろう?
「えっ? 私の消息が? なんで?」
「それはな――、かつて2年前の失踪事件の直前のころに、正規軍の中央人事にまで圧力を加えたことが、今になって軍部と賢人議会との間の政治問題になってるのさ」
ダルムさんが驚いたように言う。
「随分大きいところが出てきたな」
「あぁ。その騒動の引き金になったのが今回のトルネデアスとの内通による越境侵略だ。さらにそれを指揮官として討伐したのが、ルスト――お前だったのがまずかった。隣国のヘルンハイトへと長期留学としていたはずのお前が、西方辺境で巨大な武功をうちたてて国家と市民を救ったんだ。誰だってびっくりする」
プロアの語りに皆の視線が私の方へと向かう。これには恐縮してしまう。
「はい。おっしゃるとおりです」
誰が聞いても、とてもとても当然の話だ。
「ところがだ。中央軍部では本当だったら、お前には軍学校を卒業してすぐに大幹部候補として、すぐにでも活躍してもらうはずだったんだ。
それが強引な政略結婚から本人の失踪となり、さらには海外留学と言う見え見えの嘘で押し切られた。そこに今回の活躍だ。それだけの逸材を正規軍から奪ったと言う事実が正規軍中央全体を激怒させてるんだ。単なる釈明では済まないというのが大筋の見方だ」
これには流石に私もびっくりした。
「そうなんですか? まさかあの人が失脚?」
「まぁ、正規軍にいい顔をするのはもう無理だろうな。本来軍属家系だったモーデンハイムには大きな痛手だろうぜ」
だがその時アルセラの手が上がった。
「あの、少々よろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「あの人、とは?」
あの人――父であるデライガの事だ。アルセラは、父親をあの人呼ばわりする私を訝しがっている。
「お姉さまのお父上のデライガ候ってどんな方なんですか?」
その問いかけにプロアはためいきをつきながら言った。
「まぁ、お父上を亡くされてらっしゃるアルセラ様には受け入れ難いかもしれませんがルストは実のお父上とはうまくいってないんですよ」
ひとつの現実を諭すようにプロアは言った。
誰もが等しく同じように親子関係の円満とは限らないのだ。それだけは共有し合うことは絶対にできないのだ。
「はっきり言って権力の亡者です。彼の風評はものすごく悪い。あのアルガルドのデルカッツ候が霞んで見えるほどです。
ルスト隊長の本来の兄であるマルフォス候を過剰なほどの精神的虐待で自死に追い込み、さらには軍学校で学んでいたルストを卒業と同時に強引に軍から引き離して政略結婚を押し付けました。自分に都合のいい婿を取らせ彼女を自分の監視下において世継ぎを生むことだけを強制しようとしたんです」
「強制結婚ですか?」
「ええ、家の家との都合による結婚は今でも決して珍しくはない。しかしそれには本人の同意と承諾は当たり前に必要になる」
「はいそれは私も存じてます」
「ですがデライガ候はそれを完全に無視していた。ルストの気持ちも事情も一切汲み取ることなくです」
そしてプロアが言う。
「アルセラ様、あなたでしたら自分の人生と兄の命を無情に潰した男を、父として尊敬できますか?」
プロアのその言葉にアルセラは顔を左右に振った。
「それは無理です。お姉さまがかつて私におっしゃった〝家族を亡くしている〟って――兄上様のことだったんですね」
「えぇ、もう終わった話だけどね」
「なるほどよく分かりました」
私が実父を父と呼ばない理由について彼女は納得してくれていた。
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