私は胸の中に湧いてくる怒りを抑えながら、彼の言葉を遮るように問うた。
「そして、ワルアイユに手をかけたのですね?」
「そうだ」
私はさらに問う。
「もう一つ、お尋ねします。この事はアルガルド家の上位親族であるミルゼルド家の方たちは知っているのですか?」
「さぁな。少なくともミルゼルド本家の連中は俺を毛嫌いしていてな関わろうともせん。うかつに関わればどうなるか、他家の例で嫌というほど知っているからな」
「あえて、危険な男だと匂わせたのですね」
「そうだ。俺の素性を告発しようとしたやつは一人居たが、ハイラルドに命じて家族もろとも家に火を放って焼き殺してやった。それ以来、俺に対する疑惑を追求しようとするやつは誰も居ない。お前以外にはな」
ドスの利いた荒くれ者のような声で脅しかけてくる。だが、これでわかった。彼はニセ侯族だ。この離れた砦に隠れているのも、素性が露見することを可能な限り減らすためだ。そしてもう一つ解った事がある。彼はまだ諦めていない。
「もう一つ、お尋ねしたいことがあります」
「なんだ」
私は右手の握りしめた戦杖に力を込めながら問い詰めた。
「なぜ、その秘密を私にべらべらとしゃべるのですか?!」
そう問えば彼の口元がニヤリと笑った。
「それはだな」
その右手に握りしめていた一振りの刀剣の鞘に手をかける。
「お前の口もここで封じるからだ!」
そして、一気に刀剣の鞘を抜きとった。中から光を放つ刀身が顕になる。
「この、ワシの愛剣〝紅蓮の神太刀〟でな!」
そこに現れた物。それは赤い刀身の両刃の直剣だった。私は思わずそこに強い嫌悪を感じた。
「両刃の直剣!」
「そうだ。この国の連中が毛嫌いするやつだ。なぜなら両刃の直剣は侵略者の象徴だからな」
彼は紅蓮の神太刀を振るう。刀身から炎が吹き出る。火精系の精術武具らしい。
「俺はこの国を侵略する! そのためであれば誰とでも手を組む! 誰であろうと殺す! たとえここで上級侯族アルガルドとしての顔がダメになったとしても、裏社会へと潜って組織を立ち上げる! そして今度は裏と内部からこの国を侵食する!」
まさに人間のクズ。野望の権化。そして、唾棄すべき愚物――私は叫んだ。
「自分が――ご自身が悪しき事を成しているとは思わないのですか?!」
だがその問いかけに帰ってきたのはたった一言。
「知るか、馬鹿」
そこには対話可能な人間性は微塵もなかった。これ以上の問いかけは無意味だ。私は覚悟を決めた。彼を睨み返しながら毅然として告げる。
「わかりました。これ以上の対話が無意味である以上、私も貴方の〝実力行使〟と言う流儀に乗らせていただきます」
そう告げて、速やかに後ずさり距離を取ると、自らの精術武具である戦杖の打頭部に左手をかけた。そして、打頭部の付け根を握ると軽くひねった。
「外殻解除!」
――カキンッ!――
軽く涼しい音を立てて、愛用の戦杖の打頭部が真っ二つに割れた。そして、外部の〝殻〟が外れて落ちる。
――カランッ、カラァン!――
卵の殻が割れるかのように2つになった外殻が外れたあとから出てきた物――
それは七色に光り輝く金属のインゴットだった。
「な、なんだそれは?」
デルカッツが驚くのは無理もない。私の戦杖の打頭部の中から現れたのは、さらなる打頭部。それも単なる鉄塊ではなく、七色の輝きを放ち極彩色に光を反射するミスリル金属塊。精術武具でも最上クラスの伝説級の物にしか存在しないものだったからである。
「レアアークミスリル――250年前の独立戦争時代に奇跡的に造られた、古代フェンデリオル時代から伝承されていたミスリル系金属合金の1つです。使用する者の精術を最高精度で増幅します。そしてこれはとある13の家系の1つに代々継承されてきたものです」
私は手にしていた戦杖の打頭部をデルカッツの方へと突き出しながら更に告げた。
「この精術武具の本来の名は――〝地母神の御柱〟――地精系最強と言い伝えられてきたものです」
「なっ、なんだと?」
私が携えていた精術武具の真の名を知ったときに、さしものデルカッツも私の正体に気づいたらしい。
「まさか、お前の本当の名は?」
「そう――私の名は――」
そして私は着衣の中に隠していたあのペンダントを取り出し掲げた。
それは、一本の戦杖を男神と女神が向かいに支え合っている構図のものだ。それは世にこう呼ばれている。
――人民のために戦杖を掲げる男女神の紋章像――
そのシンボルを使う家系は1つしか無かった。
「私の名は〝エライア・フォン・モーデンハイム!〟――上級侯族十三家が1つモーデンハイム家の当主が息女にして長女です!」
そして私は、右手に地母神の御柱を、左手に紋章像のペンダントを掲げながらデルカッツへと詰め寄り始めた。
「逆賊デルカッツ・カフ・アルガルド! 貴方の邪なる野望の歴史、断じて許しがたい! さらには貴方をここで逃せば、さらなる悲劇を繰り広げる! 今ここで貴方という禍根を断ち切らねばならない!」
私は左手の紋章像のペンダントヘッドを懐にしまいながら続けた。
「だが貴方はおとなしくさばきを受けるつもりは毛頭ないでしょう。ならば!」
私は地母神の御柱を振り上げて一気に振り抜いた。
――ブォッ!――
「今ここで!私が叩き伏せる!」
対するデルカッツが吠えた。
「やれるものなら――」
デルカッツも怒りを吐き出すように紅蓮の神太刀を振り回した。
――ゴオッ!――
「やってみせろ! 小娘ぇ!」
私も叫び返した。
「いざ! 参る!」
今こそ、戦いの口火は切られた。本当にこれこそが最後の戦いだった。
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