「精術駆動」
バロンはそうつぶやくと敵弾の射撃の隙をついて一気に飛び出す。バロンの口から出たのは裂帛の気合の聖句詠唱だ。
「――吐竜火息――!」
その詠唱とともに猛烈な火炎が吹き上がる。さらに風精の力で気流が巻きおこり、螺旋を描いて火炎を狙った方向へと放射する。その火勢はまさに『竜の吐く火炎の息』が如くだ。
突然の炎に敵も怯んだのだろう。一瞬射撃が止む。
「いまだ!」
その隙をついてドルスは一気に駆け出した。そして自ら吐竜火息の炎の中へと飛び込むとそのまま一気に敵の足元へとダイブする。そして次の瞬間――
――パァンッ! パァンッ!――
乾いた音が2連、鳴り響いた。
バロンは火炎放射を止め、急いで駆け寄る。するとそこには右胸を撃たれた男と、腹部を撃たれた男が倒れていた。
対するドルスはその右手に見慣れない小型銃器を手にしていた。火炎の中へと飛び込んだ割には、外套マントも着衣もそれほど焼け焦げては居なかった。燃えづらい素材の外套マントをしているのは明らかだ。
ドルスは、ライフルを握りしめたまま倒れている二人の男へと告げる。
「フェンデリオル正規軍より依頼を受けた査察部隊だ。聞きたいことがある」
「な、なんだ――」
声を返したのは右胸を撃たれた男だ。
「名前を言え。それとそのフリントロックライフルをどこで手に入れた? 素直に答えろ」
ドルスの詰問に男は素直に答えた。
「ラ、ラインラント城の銃頭ゲンツェルだ。デルカッツ様からこの場を任されていた。この銃はデルカッツ様から下賜されたものだ」
「下賜ねぇ――」
ドルスは右手の小型銃器の狙いを眼前の男ゲンツェルへと定めたまま、新型フリントロックライフルをひったくる。ゲンツェルは一切抵抗しなかった。
「まちがいねぇ、フェンデリオル中央軍の武器工廠で開発してたやつだ。試作品の一つだろう。刻印に見覚えがある」
フリントロックライフルを確かめながら言う。確かめた事実をもとにさらに尋ねた。
「お前ら、この銃の出どころを知ってるか?」
「知らん」
ゲンツェルは観念したように答える。
「俺はあの方に命じられたままに引き金を引くだけだ。変わった見たこともない銃だったから出どころが気になったが、聞くわけにはいかなかった」
「なぜだ?」
ドルスの問いに苦笑しつつ答える。
「聞けば殺される。あの人はそう言う男だ」
その傍らの、腹を撃たれた男が方で荒い息をしながら言う。
「あの人に睨まれたら黙っていう事を聞くしかねえからな」
バロンが彼らに問うた。
「逆らうことも、逃げることも許さない。服従だけを求めるというわけですか」
「あぁ」
腹を撃たれた男が言う。
「正直、うんざりしてたがな。離れて暮らしてる娘に何をされるか――」
その言葉には彼らの後悔と諦念がにじみ出ていた。ドルスは問うた。
「終わらせたいか?」
ゲンツェルがうなずく。腹を撃たれた男も声を発して求めた。
「頼む。丁度いい頃合いだ」
ドルスは握りしめていた小型銃器の撃鉄を親指で上げる。
――パァンッ!――
まず一発。
――パァンッ!――
続いて2発目。
それぞれが二人の男の心臓を正確に撃ち抜いていた。
二人の死を確かめると、そのまぶたを閉じてやる。そして、2丁のフリントロックライフルを回収する。そんなドルスにバロンは問いただした。
「その銃はいったい?」
片手で打てる大きさの小型銃器――いわゆる〝拳銃〟だ。
「回転弾倉拳銃――火縄も火打ち石も使わない雷汞ってやつで打ち出す新型だ。これも軍の武器工廠で開発中だったやつだ。開発完了のときに試作品の一つを譲ってもらったんだよ。普段は腰の後ろに隠してるんだがな」
「いざという時の武器ですか」
「あぁ――」
そこでドルスの秘めた思いが口から出てきた。
「俺は精術武具の適正がなかったからな。牙剣と砲火で腕を磨くしかなかったんだ。そんな俺が普段から隠し持ってるおまもりみてぇなもんさ」
「なるほど、そうでしたか」
それはドルスが抱いていた引け目だった。精術武具は威力も成果も絶大だが、使用するには適正が居る。ドルスには見合う精術武具が見つからなかったのだろう。そう言う思いを持つ者が居ることをバロンはわかっていた。彼もまたベンヌの双角に適合するまでは弓のみを頼りに戦ってきたのだから。
バロンは言った。
「行きましょう。隊長たちのところへ」
「あぁ」
そう言葉をかわして2人は歩き出す。信頼する隊長であるルストのもとへと向かった。
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