馬車は一路、村の中を行く。向かった先は村の中心地から少し東に行ったところにあるメルゼム村長の邸宅だった。
邸宅は平屋だが、その分敷地は広く大きさがある。馬車を泊める停車場も豊富にあり、来賓がどれだけ来ても対応できるようになっている。当然ながら使用人の数はワルアイユ本家にも引けはとらない。
村長は侯族ではないが、その土地土地の名士と呼ばれる階級に属している。これで国家に対して功績を認められれば侯族階級を名乗ることも可能だ。
もっとも大都市などでなければ、土地無しの侯族はありえないので、その土地の古くからの領主の顔を立てるためにあえて侯族を名乗らない場合もあるのだとか。
その広い邸宅は財の大きさと言うよりも、決まった宿が無いと言うこの土地特有の問題を解決するために、遠方からの来賓や外客を迎えるためにゲストルームが膨大になって行ったと言う事情もある。聞けば、ワイゼム大佐やエルセイ少佐はこちらに宿泊なさっていると言う。
すでに来賓たちがかなりの数、到着しているようだった。だがそこはこのような祝賀行事の場合、会が催される前に主賓と来賓が鉢合わせるのは良い場合と悪い場合とが考えられた。
当然ながら今回は後者だ。
一体誰がこちらの味方で、果たして誰が黒幕の息がかかっている者なのか、はっきりとしない以上迂闊に近づかないほうがいいという判断だ。
無論その点はメルゼム村長もワイゼム大佐も理解している。先日、村長はアルセラたちにこう言ったと言う。
「来賓の出迎えや対応は私にお任せください。アルセラ様やルスト隊長は祝勝会のご準備の方にご専念ください」
つまりは、アルセラが来賓と事前に鉢合わせることで生じるリスクを少しでも少なくするために来賓対応をまとめて引き受けるというのだ。
これはこれでありがたいと言えるだろう。
幸いにしてメルゼム村長の邸宅は入口が複数ある。
離れの館の入り口の方に私たちは案内される。馬車が停められ馭者の手によりタラップが降ろされ扉が開かれる。
そして馬車の中から私達女性陣はエスコート役の手を借りて馬車から降りることになる。
私とアルセラと、小間使い役のノリアさんとサーシィさん。私はプロアに、アルセラがラジア少年、ノリアさんにはバロンさんがつき、サーシィさんにはゴアズさんがエスコート役を買って出てくれた。
離れの邸宅の中の会食室に移動すると昼食会となる。
出されたのはコース料理で ワルアイユならではのメニューが並んでいた
前菜として『ロッソリ』と呼ばれる野菜料理。細かく角切りにしたにんじんやじゃがいもやフルーツ豆類を混ぜ合わせサワークリームを加えて食する物。食材の風味とサワークリームの甘酸っぱさが絶妙だった。
次が主食で柔らかく甘みのある牛乳入りパンが出てくる。ワルアイユは小麦の産地なので良質のパンには事欠かない。
肉料理は鹿肉のシチューで村の弓自慢の男たちが山に分け入り狩ってきたのだという。肉の風味を生かした濃厚な味付けが余韻を残す。
次に魚料理。フェンデリオルでは広い地域で見られる川魚である黒鮭がパイ生地に包まれて香草や野菜とともに調理されて出てきた。
そして最後がデザート、さすがにこれは私も見たことがなかった。
「これは?」
見た目にも不思議なスイーツ。彩りはプリンのようでもあるのだが真っ白でふわふわのメレンゲに甘いカスタードクリームが添えてある。
まるで空の雲を切り取ってお皿の上に添えたようだった。説明してくれたのはアルセラだった。
「〝シュネノックレ〟と言ってこの辺りでは広い範囲で作られるデザートなんです。でも保存が全く効かないので使ったらその日のうちに食べないといけないのでたまにしか作らないんです」
サーシィさんが思い出したように言う。
「卵がたくさんないと作れないんですよね」
ノリアさんも交じる。
「そうそう。白身と黄身を分けてメレンゲ作りが大変なのよね。だから子供の頃はたまにしか作ってもらえなかったのよ」
「頑張ったご褒美とか、何かの記念とか」
そしてアルセラが言った。
「私も母がまだ元気だった頃によく作ってもらいました」
ノリアさんが言う。
「私もそれを覚えていたから、奥様が亡くなられてからお嬢様のために時々お作りしていたんです」
「そうだったんですか」
みんなの思い出話を記憶に留めながら答えた。
「心に残る料理って素敵ですよね」
「ええ」
そんなふうに温かい思い出を語らい合う。穏やかな時間の中で食事が終わり、別室への移動ののちに香りの良い良質の黒茶が出されて休息のひとときとなる。
四つほどのソファーセットに分かれてしばし休憩となった。
各々に気の合った者たちで集まり団欒が始まる。
私はアルセラやプロアと言った人たちと一緒になっていた。ふと見回せばラジア君の姿が無い。
「あら? ラジア君は?」
オルデアさんが言う。
「彼は別室でお休みになられてます。緊張のしっぱなしだったので頭が痛いとおっしゃってたので」
それを耳にしてバロンさんが立ち上がりながら言った。
「私が様子を見てきましょう」
「お願い致します」
先ほどの戦いで師弟と言えるほどのチームワークを見せた二人だった。弟子も同然のラジア君が体調が良くないとなれば気になるのは当然だった。
だがその時、プロアが不意に言った。
「あの少年が居ないのなら好都合だな」
「えっ? それはどういうこと?」
私が問えば彼は真剣な表情で語り始めた。
「今のうちに話しておきたいことがある。主にルストやアルセラに向けた話だが、他のみんなが聞いていても構わない。ただ他言無用ということで頼む」
そう聞かされて誰もがうなずいていた。
そして、プロアは語り始めた。
「まず今回、いろいろな方面から寄付が集まっている」
その言葉にアルセラが答える。
「はい、セルネルズ家はもとより近隣領地の各家の皆様方や名士の方々など様々な方からご支援いただいております」
「そうだ、そしてその中にある大物二人から多額の寄付が入っているはずだ」
その言葉を耳にして私は問うた。
「大物二人? って誰?」
そうと言い返せばプロアは真剣な表情で答えた。
「まず一人が、モーデンハイム家、前当主ユーダイム・フォン・モーデンハイム。
次に、ミルゼルド家当主息女レミチカ・ワン・ミルゼルド。いずれも十三上級候族の中でも有力2家の重要人物だ」
そこでプロアはこの部屋に居合わせた査察部隊以外の人たちに問いかける。
「この中でルスト隊長の素性について詳しく知らない者は居るか?」
当然のことながらオルデアさんやアルセラは知っていて当然だった。ノリアさんも知らない様子だったが薄々察してはいるようだった。意外だったのがメルゼム村長で聞かされていなかったということだ。
プロアが私に視線を投げかけながら訊ねてくる。
「話して構わないか?」
「ええ、ここにいる方たちなら」
私の許しを出したことでプロアは言った。私の正体についてを。
「ルスト隊長の本当の名前は『エライア・フォン・モーデンハイム』中央首都の十三上級候族の一つ、モーデンハイム家の現当主のご息女にあたる方だ」
彼が語ったその言葉に、その部屋の中に一瞬驚きのような空気が走った。一番驚きの表情をしていたのは村長のメルゼムさんで心の底から驚愕しているというような状態だった。次いで驚いていたのが、私の髪の毛に手入れをしてくれたサーシィさん。侍女長のノリアさんは驚いてはいる様子だったが薄々感じていたと言うふうだった。
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