傭兵ギルドでの極秘会議から明くる日の朝、私はいつもより早めに起床していた。
朝日も登らぬ薄暗い朝のことだ。
査察任務のために出発すれば、毎日早めに起床しないといけなくなるし、なにより少しでも体を任務に合わせる必要があるからだ。
ワンピースのネグリジェの寝間着から簡素なスモック服に着替えて人目を避けて毎朝の鍛錬――
それを終えると傭兵としてあるべき仕事着姿になる。
傭兵には、その人それぞれにこだわりの姿がある。
正規軍人のように制服が決められているわけではないからだ。
ドルス、ゴアズ、カークと言った元軍人の人は大抵が傭兵として標準的なカーゴパンツに野戦用ジャケットの組み合わせを好む傾向がある。無意識のうちに制服と言う考え方を踏襲しているのだと言う人も居る。
そうではないプロア、ダルム、パックと言った非軍人の人たちはそれぞれの経歴や得意技能、あるいは単に好みの問題で好き勝手に選ぶ傾向がある。そして私もそうだ――
私の傭兵装束は以下の組み合わせで固めてあった。
足元は通気性のいい灰銀色のレギンスタイツに足には革製のショートブーツ。
内に着ているのは小襟のボタンシャツ、その上に野戦行軍用に仕立てられている厚手生地のロングのスカートジャケットを重ねている。ゆったり目に仕立てられているから、見た目に反して通気性はいい。
夏以外の時期は、この上に長袖のボレロや、丈夫な仕立てのメスジャケットを重ねている。
そしてその上に、日よけを兼ねるフード付きクロークマントを重ねるのが定番なのは以前話したとおりだ。
炎天下の下では帽子無しでは熱射病で速攻で死ぬ。
屋外戦闘をするものなら誰でも分かっていることだが。
小物としては――
両手には通気用の穴開きの革手袋〔もちろん夏用の薄手のもの〕
これに腰の周りには、ポケット付きのベルトを巻き、背嚢のザックなどを加える。
このコーディネイトで何着か似たような仕立てのものを用意しておく。そしてそれを着回している。
着回しせず毎回のように新しい装束を着てくるのはよほどの金持ち傭兵くらいだ。
(まぁそう言うこれ見よがしなのはのはたいてい嫌われるが)
そもそも任務に出立すれば、その任務を終えるまでは着替えることはできなくなる。だから今日着たのは明日は着ない。一番清潔になっている物を着ていく事にしている。
そして最後に愛用の総金属製の戦杖を腰に下げて出来上がりだった。
ちなみに今回はスカートジャケットの上にボレロを着ていくことにした。西方国境付近は寒暖の差が激しい。前回の哨戒行軍任務でも夜はかなりひどい目にあったからだ。暑かったら脱げばいいだけのことだ。
私が住んでいるのはブレンデッドの市街地でも裏町に近いアパートメントが並ぶ辺りだ。
傭兵にも収入には雲泥の差がある。1級、準1級の上級職や2級でも固有技能持ちとなればそれなりの収入を得て良い所に住めるが、駆け出しの若卒や、取り立てて名のある武功が無い者は、収入も推して知るべしだ。
女性の傭兵はどうしても武功を上げるチャンスが得にくい事もあり収入は低い傾向にある。
だから市街地の中でも特定の場所に集まりやすい。駆け出し傭兵や、女性傭兵が主に集まった場所を『始まりの街区』と呼ばれている。
2階建てで1ルームのアパートがほとんどで、私の家はそう言う場所にあった。
そこから街路を抜けて表通りへと出る。噴水のある広場を通り過ぎ、一番大きい目抜き通りへと抜ける。
通りの両側は憩いの場所や公園となっており、傭兵以外の一般市民たちが集う場所となっている。
その途上、ランパックさんが朝早くから鍛錬をしている。彼いわく〝功夫〟と言うのだとか。
日の出とともに鍛錬を始め、午前中は可能な限り鍛錬を続ける。午後からは街の若者や子どもたちを相手に格闘を教えたり、市民の困りごとの相談にものっている。農業の繁忙期には近隣の農家の手伝いもしているらしい。
私の戦闘スキルの向上の相談にも、二つ返事で真摯に引き受けてくれた。それからだ、私の戦杖を前提とした戦闘手段を考え鍛錬してくれたのは。この他にもギダルムさんやシミレアさんにも相談したのだが、それはまた別の機会に。
「おはようございます!」
私はパックさんに挨拶する。套路の鍛錬の最中だったが、動きを止めてうなずき返してくれる。邪魔をするのも悪いので挨拶も早々にその場を去った。
目抜き通りを暫く行くと3階建て屋根裏付きの石造りの立派な建物が見えてくる。灰色の花こう岩で造られたその建物が傭兵ギルド・ブレンデッド支部の事務局だ。私が昨日、殴り込みをかけた場所だ。入口の扉が開くのは9時を過ぎてからだが、役目柄、昼夜問わずに誰かが常駐している。今の時間なら夜間当直の人が仮眠をとっているはずだった。
それを尻目にさらに通りを抜けて、十字路を左に曲がって南下すれば、飲み屋や食堂や宿屋が集まっている場所――
ブレンデッドの街でも最もにぎやかな場所になる。
通りの途中に官憲局の詰め所があり、昼夜ともに治安維持に務める憲兵や官憲が常駐している。そしてそれを過ぎてしばらくすれば、行きつけの場所である『天使の小羽根亭』がそこにあった。
道端に石造りの街路時計が据えられている。そこに記された時間は7時ちょっとすぎ。天使の小羽根亭が朝食の提供を始める頃である。
両開きの扉を開けて中へと入る。人の気配はすでにしていた。
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