サマイアスは状況を整理するかのように言葉を続ける。
「領主として多忙を極めていたバルワラ候の代わりに代官を勤めていたのはハイラルドと言う男なのだが、典型的な奸臣でアルセラ嬢の領主教育は放置したままだった。
ましてや長年にわたりアルガルドの妨害を受け続けていたことからバルワラ候自身も自分の娘の教育には手が回っていなかったと考えるべきであろう」
それは残酷な現実だった。だがたとえそうだったとしても、彼らにはワルアイユを見捨てておけない大切な理由があった。
「ですがあのバルワラ候には――」
「分かっている。あのバルワラ候には返しても返しきれない恩がある」
困難を抱えた地方領地の領主として互いに相通ずるものがあった。そしてそれ以上の理由があった。
「飢饉による食糧危機、はしかや赤痢の流行、バルワラ候には何度も助けられた」
「自領の山林火災の折に、救援して頂いたこともありました」
「そのとおりだ。それに私とバルワラは幼い頃からの学友だ。若い頃にミッターホルムの学舎に留学した事も懐かしい思い出だ。その友の残したワルアイユの里を見捨てるわけにはいかん」
だがそこで執事はあえて疑問を差し挟んだ。
「しかし、あのアルガルドの手勢が黙っておりますでしょうか?」
その問いかけにサマイアスは迷わずに答え返した。
「それは今回に限っては無視しても問題あるまい。周辺の領主はもとより国家正規軍の士官や実力派の職業傭兵の皆々が集っている今であるからこそ祝勝会を催すことに意味がある。
今、祝勝会を催すことでワルアイユの存在を確固たるものとして誇示することになるだろう。そうなれば奴らとてそう簡単にはワルアイユに手出しできまい」
「なるほどおっしゃる通りです」
そしてサマイアスは力強く告げた。
「今こそ恩を返すぞ、ワルアイユ領の祝勝会開催を全面的に支援する」
「かしこまりましてございます」
執事の返答にサマイアス候は満足げに頷き具体的な指示へと移った。
「まずは私が、先んじてワルアイユのメルト村へ向かう。その際に当家専属の通信師を1名同行させる。その上で物資や人材など必要なものについて連絡する」
「はい」
「お前は当家の侍女や近侍、そして私の妻を連れて後から駆けつけろ。その上で先方のワルアイユの執事やアルセラ嬢と協力し合って祝勝会開催の準備を進める。良いな?」
「はい、畏まりましてございます。早急にご出立の準備を進めさせていただきます」
「頼むぞ」
二人がそのように会話を進めていた時だった。執務室の扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします」
許しを得て入室してきたのは近侍の一人の若者であった。彼は告げた。
「先ほどの戦乱についての続報が参りました」
「続報だと?」
「はい」
力強く答えて用件を口にする。
「戦闘行動集結ののちに、防衛部隊を指揮していた指揮官役の職業傭兵が、まとまった人数を連れてアルガルド領へと向かったそうです」
サマイアス候が問いかけ更なる答えを求めた。
「アルガルドへとだと? 何のためだ?」
「アルガルド家当主、デルカッツ・カフ・アルガルド候を〝討伐〟するためです。今回の敵国トルネデアスによる越境侵犯を手引きしていたとの情報もあります」
「戦闘終結後に休息も取らずにか?」
「はい。早馬を使い即時に討伐へと出立したとのことです」
その決断と行動の早さに驚きつつも、落ち着いた口調でサマイアス候は問い返した。
「そうか、それでその指揮官の名は?」
「エルスト・ターナー2級傭兵、若干17歳の女性だそうです」
「なに?」
さすがにこれにはサマイアス候も驚きを隠せなかった。だがそれと同時に胸のすくような思いがしたのも確かだ。
アルガルドからの妨害や嫌がらせは領地運営の様々な局面で繰り返し行われ続けていた。それに耐えながら暮らした日々を思い出さずにはいられない。
そして、今彼は来るべきものが来たのを感じ始めていた。
「これで本当にアルガルド家のデルカッツとその手勢が討ち取られれば、長年に渡る苦しみにもようやく終止符を打つことができる」
主人が思わず漏らした言葉に、執事も言葉を送った。
「お喜び申し上げます、旦那様」
「いや、喜ぶにはまだ早い。討伐成功の報を耳にするまではな」
そうだ、まだ討伐に出立したばかりなのだ。万が一ということもある。喜びを口にするには早計だ。
「討伐についてはその17歳の戦女神に勝利を願うことにしよう。私は、あのバルワラの遺志を汲み取りワルアイユ領相続のために尽力するのみだ」
サマイアスは毅然として立つと執事に向けて告げる。
「準備が出来次第、出発する」
「はい、ご準備に進めさせていただきます」
「頼むぞ」
「はい」
そう言葉を残してサマイアス候とその使用人たちは一斉に動き始めた。すべてはワルアイユの未来を守るためにである。
自らの政務室にて出立の準備を始めながらサマイアスはつぶやいていた。
「そう言えば、通信師を二人以上育成して雇用するべきだと助言してくれたのはバルワラ候だったな」
脳裏に過去の日々が過ぎる。
今こそ、大恩を返すときである。
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