すると、そこでダルム老が問いかけてきた。
「しかし、なんだって嬢ちゃんみたいな人物が傭兵なんてしてるんだ?」
「それは話せば長くなるのですが」
それは隠すことなく話すしかないだろう。私はこれまでの経緯をかいつまんで語った。
「もともと私はモーデンハイム家の父とは折り合いが悪かったんです」
そっと語り始める言葉に皆が耳を傾けてくれている。
「強引で他人の言葉に耳を貸さない父は家族に対しても高圧的に振る舞っていました。そして、本来の家督継承者であった兄に対しても扱いはひどいものでした」
私にとっても一番辛い記憶だった。
「兄は父に人格も人生もすべてを否定されたことを苦に自死してしまいました。それだけではありません、私も軍学校を卒業した後に婿取りをする事が自分の知らないところで勝手に決まっていました。つまり父は学業での実績を一切評価する気がなかったんです。『行きたければ行かせてやる』と言わんばかりに」
それらが私が失踪当時に我が身にふりかかっていた事情だった。
「そしてなにより、このままでは顔も見たこともない男性を夫として迎え、実家の存続のために子をなす事をだけを求められる事になる。あの父の事ですから、家の外にも出してくれないことすらありえます」
一般には知られていないが、候族社会の中には女性を権力維持のための道具としてしか見ていない種類の人間は珍しくない。結婚相手に世継ぎを成すことだけを求め、家の外にも出さずに軟禁生活を強要したり、生まれてすぐに子供を引き離し抱かせてもくれないなんて事もあたりまえにあるのだ。
「人を人として見ようとしないあの父親なら絶対にそうするだろうと思いました。そうして自分という存在を否定されて耐えきれなくなり逃げ出したんです」
プロアさんが言う。
「だが、親父さんは執拗に追ってきた」
「はい、北部都市に潜伏して花街で身を潜めて雑用のしごとで糊口をしのいでいたんですが、追手が迫ってきて、娼館の人たちや娼館の女将さんの手助けで国境を超えて逃げることになりました。そして、冬山の峠を超えようとしたんです」
私がそう答えればカークさんが驚いて叫んだ。
「冬山? 死ぬぞ普通!」
「えぇ、承知してます。ですがそうでもしないと逃げ切れなかったんです。案の定、遭難し山中をさまよい、幸か不幸かとある山間の村へと迷い込みました。そこで病身の一人暮らしの女性に出会いました。その彼女の名が『ミルフル・ターナー』でした」
ミルフル・ターナー――その名が出てきたことで皆の疑問に答えが出たようだ。
ダルムさんが言う。
「お前さんが仕送りをしていた人だったな」
「はい。彼女は外見が激しく劣化してしまう重い病を患っていました。ですが近隣の村人たちの無理解から、世捨て人のような孤独な暮らしを強いられてました。そんなミルフルさんにも娘さんがいたのですが、山奥の困難な暮らしの中で崖から転落してなくなっていました」
私はその時のことを思い出しながら語り続けた。
「病気への誤解から村人の協力が得られないので葬儀も出せていません。そのためミルフルさんの娘さんは戸籍上は生存している事になっていました。そこで私は彼女の病気について村人に説明して誤解をとき和解させると、ミルフルさんの許しを得て、彼女の事故死した娘である『エルスト・ターナー』の名と戸籍を使わせてもらうことになったんです。そして、あらためて職業傭兵となり今日に至っています」
そして腑に落ちたような表情でドルスさんが問いかけてきた。
「エルスト・ターナーの名前が偽名でないのはそのためか。村の人も知っているのか?」
「はい、もちろん知っています。治療費を定期的に村長さんのところに送るのがエルスト・ターナーの戸籍を使う際の約束になっています。それに今でもたまに会いに行きます。私にとってもうひとりのお母さんであり、もう一つの故郷です」
「なるほど、よーくわかったぜ」
その一言が皆の答えだった。ドルスさんが言う。
「この話はここだけにしておく。外部には出さない。みんなもそれでいいよな?」
ドルスさんがそう語りかければ否定する人はだれも居なかった。
「ありがとうございます」
私は心から安堵した。自らの素性を明かすことでさらなる混乱が起きることが気がかりだったのだ。だがそれも杞憂に終わったようだ。
私は告げる。
「それでは村に戻りましょう」
そう指示して部隊を歩き出させる。だが思い出したことがあった。
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