旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

命の危険と致命的な過ち

公開日時: 2021年4月30日(金) 21:30
文字数:1,838

 そして、主だった物証が集められる。

 地形図、記録日誌、地形照合用風景画、そして、朱色の線の入れられた白地図、いずれもが砂漠越えや敵地調査で重要になる物ばかりだ。内容が重複しているものは1つだけを残して廃棄する。そうして厳選したのちに速やかに撤収する。

 

「野営地に戻ります。敵残存兵の伏兵には警戒してください」


 隊列を組んで野営拠点地へと帰還する。周囲警戒は怠りなかったが、さしたる問題はなかった。

 敵の気配が消えた、それが私の中の緊張感を断ち切ってしまったのだろう。いまだ戦場にあるというのにしてはならない安堵を私はしてしまっていた。


 視界の中にドルスに任せてきた野営地がある。天幕が設置され荷物が並んでいる。そしてその周辺にドルスが待機しているはずだった。


「あれ?」


 私は思わず声を漏らした。野営地にサボり男の姿が見えないのだ。

 ゴアズさんが訪ねてくる。


「どうしました、隊長?」

「え? いいえ、ルドルス3級の姿が見えません」


 私は心配になり一人進み出る。その時の状況をその場にいた誰もが疑問に思わなかった。


「どこに行ったのかしら?」


 周囲を見回そうと開けた場所に出ようとする。完全に周囲に対する警戒が私の中から抜けていた。

 その時だった。


「伏せろ! ルストぉ!」


 突如聞こえてきたのは、あのドルスの声。それも強烈な怒鳴り声。言われるがままに私は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。そして――


――ヒュンッ!――


 強く風を切る音がする。何かが投げられたのだ。

 次の瞬間、私の頭上を一本の矢が通過する。そして別な場所で刃物が人体に突き刺さる音がする。


――ドカッ!――


 しかるのちに体が地面に落ちる音がする。


――ドサッ――


 一連の声と音、何が起きたのか自分の頭で理解しようと努力する。だが驚きと無意識のうちに感じてしまった恐怖が私の足をすくませてしまっていた。


「隊長!」


 みながいち早く私の所に駆けてくる。腰を抜かしている私を抱き起こしてくれたのは一番年若いプロアだった。


「大丈夫か? 怪我はしてねえか?」

「は、はい」


 頭の中の理性が身の危険が生じていたことを理解している。何者かが私を襲い、攻撃し、ドルスがそれを発見して警告し、襲撃者を討ち取ったのだ。

 立とうとして立てず呆然としている私を誰かが平手打ちする。


――パンッ!――


 そしてかけられたのはダルムさんの声だった。


「しっかりしろ! まだ任務の途中だぞ!」


 頬の痛みと強い叱責の声が私の心と理性を正気に戻してくれた。しっかりと自分の足で立ち、支えてくれたプロアさんから身を離す。


「ありがとうございます」


 礼を言いつつ周囲を見回す。そしてそこに見たのは、少し離れた位置の岩場から地面へと落ちていたトルネデアス兵の遺骸だった。その背中にドルスの片手用の軽量な牙剣が突き刺さっていた。

 私は自分の身に何が起きたかやっと理解した。私は伏兵に襲われたのだ。


「ご心配をおかけしました」


 そう声を漏らすのがやっとだった。隊長としてより職業傭兵としてあってはならない気の抜き方だったのだ。

 ドルスが私に歩み寄ってくるなり言い放つ。


「迂闊だぜ、隊長さんよ」


 その声は非常に冷静だった。彼は言う。


「トルネデアスの兵集団には〝報復人〟と呼ばれる風習があるんだ」


 彼の説明を皆が聞き始めた。


「10人規模の本隊とは別に、1人か2人が少し離れた位置で別行動をとる。そして本隊が全滅するなり何かあった時に仲間の敵討ちとして報復を行い、これを果たす事で神の名のもとの名誉を取り戻すんだ」


 初めて聞く風習だった。知らなかったのは不見識ではない。経験が浅いからだ。私は自分の身の未熟さを噛み締めずにはいられなかった。


「初耳です」

「当たり前だ。報復人が動かなければ誰も気づくことがないからな。だがこれで勉強になったろ?」


 その時私は気がつかなかったが、今にして思えばその言葉は、ドルス自身が過去に報復人に遭遇したことがあると言うことにほかならない。

 彼は私の肩をたたく。そして耳元で囁いた。


「約束、期待してますぜ」


 誰にも聞こえないようにそっと囁く。これほどの活躍を見せられたのだ私が言った『やる気』とするには十分すぎるものだ。ならば、約束は約束だ。

 ちょうどその時、連絡の取れなかった残り二人が姿を現した。彼らは驚いたことにトルネデアスの兵を一人、捕虜にしていた。すなわち彼らは彼らで敵兵と戦っていたことになる。


「隊長! 敵兵を捕らえましたぜ!」


 私はその言葉に二人がしでかしたミスを咄嗟に理解した。それは絶対にあってはならないものだったのだ。

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