鬱蒼とした森の中の道を、その者たちは馬に乗り一目散に駆け抜けようとしていた。
フェンデリオルの国境からワルアイユ領内を駆け抜け山あいの道を通り抜けようとしている。隣接するアルカルド領へと逃走しようとしているのだ。
その数、10人ほど。
いずれもがフェンデリオル正規軍としての鉄色の軍服を身につけていた。
ワルアイユ領の信託統治委任の強制執行部隊を率いていたガロウズ少佐率いる一団だった。
ガロウズが先頭に立ち、その後を直属の部下たちが必死に追いかけている。太陽はまだ頭上には来ていない。緩やかな峠道を越えてアルガルド領へと入ってしまえばまだ逃げおおせるチャンスはあった。
焦りを隠しきれていないガロウズは、思わず言葉を漏らしていた。
「急げ! あのお方の元へと逃げ込むのだ!」
「はっ!」
「このままではどんな状況に陥るか予想もつかん! あのワルアイユの小娘がどんな手を使ってくるのか想像もできん」
ガロウズにはルストの存在は微塵にも理解できていなかった。それこそが彼の失態だというのに。
そして、ガロウズは焦りの核心を口にする。
「ワルアイユへの強制執行が失敗した今、信託統治委任の正当性が改めて吟味されるだろう。そこで事実が明るみに出れば我々は身の破滅だ! あのお方におすがりして事態を収束させるのだ!」
何者かが仕組んだワルアイユ領の信託統治委任の強制執行――それが実行できなかった今、真っ先に切り捨てられるのは現場での実行役であるガロウズたちに違いないのだから。
「今からなら昼過ぎにはあのお方の下へと辿り着けるだ――」
そう言葉を漏らした時だった。
――ヒュオッ!――
不意に風を切る音が鳴り響いた。
「なんだ?」
ガロウズがそう漏らした瞬間、彼らの馬列の一つが横薙ぎに吹っ飛ばされた。
――ドコオッ!――
蹴り飛ばされたのは、馬上にいたガロウズの部下の一人だ。壮絶に蹴り飛ばされ地面の上を何度も転げまわり手足があらぬ方向へと向きを変えて横たわったまま動かなくなる。
突如起こった事態にガロウズたちは動きを一瞬で止めた。
「な、何事だ!」
ガロウズの叫びに部下たちは周囲を見回した。いささか間抜けな彼らに対して声をかけてきたのは、彼らの頭上からだった。
「お前ら、どこへ行くつもりだよ」
ドスの効いた怒りに満ちた声。ゆっくりと天使が舞い降りるように空から地上へと降り立っていく。
「そうそう簡単に逃がしてたまるかよ。散々おいしい思いしたんだろ? ちゃんと払うもん払ってけよ」
その声の主はプロアだった。
風よけに顔の下半分に巻いたマフラーを右手で下げながらプロアは告げた。
「てめぇ、ガロウズだな?」
そう問われてガロウズは問い返す。
「なんだと? 貴様こそ何者だ?」
「聞き返すってことは図星だな。二度は言わねえぞ」
プロアは改めて睨みを利かせながら、低い声でドスを利かせながら告げた。
「お前ら全員、大人しく捕まれ。そうすりゃ命だけは取らないでやるよ」
その凄みに満ちた声は到底表社会の人間とは思えないものだった。闇社会・裏社会、それも血で血を洗うような凄惨な修羅場をいくども潜ってきたような、そんな男だけが放つことができる言葉だった。
プロアのその声に、ガロウズとその部下たちは馬上にて腰に下げていた牙剣を引き抜いた。それを目の当たりにしてプロアは軽蔑を隠さずに吐き捨てた。
「そうかい。それがお前らの答えか」
プロアの言葉には明らかに怒りが満ちていた。
「だったらこっちも手加減無しだ!」
そう叫んでプロアは宣言する。
「精術駆動」
その言葉とともに軽く跳躍する。
「――空戦舞!――」
その聖句が詠唱されるとプロアが両足に履いたアキレスの羽よりかすかな光が迸る。そして次の瞬間、プロアの体は凄まじい勢いで空中を舞った。
ガロウズの部下たちは牙剣を抜剣していたが、構える暇などありはしなかった。大きく舞い上がりその身を翻しながら、プロアは立て続けに馬列の軍人たちの顔面や頭部を踏みつけにし蹴り飛ばしていく。
プロアが履くブーツ・アキレスの羽には精術により重量が加えてある。単なる蹴りではなく、巨大なハンマーで打ち据えられたようなものだ。
「がっ!」
「ぐえっ!」
「がふっ!」
無様な声を漏らしながら、ガロウズの部下たちは瞬く間に排除されていく。急所である頸部や頭部を庇う隙もなく直撃を食らったのだ。馬上からはじき飛ばされて地面へと落下して行く。
ついには10人以上居た彼らは、ついにガロウズだけを残して全てが瀕死に追い込まれていた。
死屍累々と横たわる中で、残されていたのはガロウズ本人とプロアだけだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!