参加申請を済ませると背の高いダルムさんと親子のように連れ立って街へと繰り出す。石畳の表通りから少し脇を入ったところにダルムさん行きつけの料理屋がある。
家族や累計もなく独り身のダルムさんは外食生活だからこう言う美味しい場所をよく知っていた。
子ひつじ肉のシチューをいただき、エール酒で喉を潤す。
あらまし食べ終えると自然に雑談になる。
「しかしよ」
「はい?」
「嬢ちゃん、今回の案件、新聞記事から当たりつけただろ?」
ダルムさんはいきなり見抜いた。
「はい」
「それだけじゃだめなんだ。なぜだかわかるか?」
彼の問いかけに私は頭をひねるがピンとこない。
「いえ」
情報収集は傭兵の基本。それは分かっている。でも、何が足りないというのだろう? 不思議そうにする私に彼は言う。
「傭兵にはな〝横のつながり〟ってのが意外と重要になるんだよ」
そう言いながらダルムさんは懐から召喚状を取り出し見せながら私に言った。
「例えばだ、つながりのある仲間が何人かいてそのうちの一人が指名がかかったとする。そうするとそいつから『そういう仕事がある』って情報が流れる。教えられたやつは他の連中よりも先んじて仕事を取ることができるってわけだ」
「あっ!」
私は思わず驚きの声を漏らした。今朝、人だかりができていたのはそう言うことだったのだ。ダルムさんは私を諭すように言う。
「若手の女傭兵が男たちとの仕事の競り合いに負けて切羽詰まって、この稼業から足を洗うのは珍しくねぇ。それもこれも、横のつながりをなかなか作れねえからだ。職業傭兵はどこまで行っても男の世界だからな」
「それは、分かっています」
腕っ節と武力がものを言う世界だ。私みたいなのが生きていくのは厳しいというのは十分わかっている。落ち込みかける私にダルムさんは言う。
「でもだからこそだ」
彼のその優しい口調に私は思わず顔をあげた。
「そんなくだらない横の繋がりなんか、太刀打ちできないほどの武功をぶち上げるのさ。ルスト、お前ならできる。自信を持て」
それは、この一年以上私をずっと見守ってくれたからこそ言える言葉だった。私もダルムさんからはたくさんの物を教えてもらった。
「はい!」
「さて、そろそろ行こうぜ。頃合いだ」
「はい! ごちそうさまでした」
「それじゃ行くか」
この人はもしかすると、私を自分の娘のように思っていてくれるかもしれない。この人と会えていなかったら傭兵としてやっていけたかすら分からない。私には感謝しかなかった。
二人連れだって傭兵ギルドの詰め所へと戻れば、結果発表を待っている人たちでごった返していた。
「随分多いですね」
「参加希望の結果発表だけじゃなく、直接指名の連中も来ているからな。結果発表の後、そのままオリエンテーションに入るはずだ。部隊分けや隊長指名もそのまま行われる」
「そして任務詳細の伝達と確認ですよね」
「そういうこった」
ダルムさんが皆を指し示して言う。
「見ろ」
見れば、そこには名前の通った職業傭兵たちが居る。
「名うてのやつが揃ってる。依頼元がそれだけ今回の事態を重要視してるって証拠だ」
そう言いながら鉄煙管を逆手に持って指し示す。
「まずアイツ、あの濡れたような黒髪の東方人」
私達フェンデリオル人とは異なる黄色い肌に、なでつけたようなきれいな黒髪の小柄な東方人が立っている。服装も私たちのものとは異なるボタンのない紐でとめる形式の物を着ている。いかにも礼儀正しい品の良さがある。
「〝ランパック・オーフリー〟、二つ名は〝絶掌のパック〟東方の別の大陸の出身で徒手空拳の白兵武術の達人だ」
一見して分かるのが、驚くほど小柄なその体だ。職業傭兵というのは腕っぷしで大きな武器を振り回すことが多いから筋肉の厚いがっちりした人が比較的多い。
だがパックさんは驚くほどスリムでどこに筋肉があるのだろうというくらいに細身だ。だが彼は一体どこからこんな力が湧いてくるのかと思うくらいに無類に強いのだ。私は言う。
「知ってます。パックさんには格闘戦闘について教えてもらったことがありますから」
「なんだ、そうだったのか」
「とても親切で無欲な人です。医学の心得が有って近隣の村を回っているとか」
ある意味、職業傭兵をやっている事が不思議なくらいの人だ。
「次があの2人」
次に指し示したのは並んで立っている長身の男性2人。職業傭兵定番の戦闘ジャケット姿の乱切り頭に、キャソックと呼ばれる長袖外套を着た長髪の美形の男性だ。二人とも息の合ったコンビのように肩を並べて立っている。
「お人好しそうな雰囲気の乱切り頭が〝ガルゴアズ・ダンロック〟二つ名は〝弔いゴアズ〟2刀流で1対多数の切り合い戦闘が得意な元軍人だ」
お人好しってちょっとひどい言い方だ。でも、いつも静かに笑みを浮かべながら佇む姿には温厚そうな人柄が現れている。傭兵というよりは気さくで親切な近所のお兄さん、と言った方がしっくりくるような人だった。
でも、その襟元や袖のあたりからは傷だらけの体がチラチラ見えている。やはり彼も傭兵として戦歴を重ねているのだろう。
「そのとなりで仏頂面してるのが〝バルバロン・カルクロッサ〟二つ名は〝一本道のバロン〟」
仏頂面って……、そりゃたしかにニコリともしないけど。
でも端正なその顔立ちには〝狙撃〟という仕事をしている人特有の、猛禽のような鋭い瞳が炯々と輝いている。加えてその衣装で隠してはいるが着衣の下は相当に鍛え上げられた屈強な体をしているはずだ。そうでなければ優れた弓兵にはなれないからだ。
「たしか正規軍最高の弓狙撃兵だったとか」
「そうだ。それがどう言うわけか軍を辞めてここに居る。だが――」
ダルムさんが言わんとしている事を私は察した。そしてそのいつでも寂しげな表情の意味も。
「わかってます」
「ならいい」
――傭兵なら他人の過去には関わるな――
それがダルムさんの教えの1つだった。
職業傭兵は実に様々な過去を持っている人が居る。まっとうにこの世界に来た人もいれば、元軍属で致命的な失敗をして軍を辞めざるを得なかった人も居る。外国から流れてきた人もいるし、闇社会の構成員だったのが足抜けして身を隠すために職業傭兵をしている事もある。元海賊とか盗賊団と言う人も居る。みんな、決して平坦ではないのだ。
「そして、アイツだ」
次に指し示したのは、金髪頭をバンダナで逆立て、鋭い青い眼の少しスレた雰囲気の男の人。黒い襟首シャツにファー付き革ジャケット、襟元には初夏だというのに口元が隠れそうなマフラーを巻いていた。
「〝ルプロア・バーカック〟二つ名は〝忍び笑いのプロア〟」
「変な名前……」
私は思わず言ってしまった。
もし本人に聞かれていたら、その鋭い視線で睨みつけられていただろう。その目付きや目線からはっきりとわかる。間違いない、彼は裏社会・闇社会に一度は身を置いていたタイプの人間だ。
決して日の当たらない平穏ではない日々を泥水をすするような苦労の末に乗り越えて、こうしてまた陽のあたる場所へと戻ってきた、そういう種類の人間だ。
ダルムさんが私のつぶやきをたしなめる。
「まぁ、そう言うなって。正直、不真面目でサボりやちょろまかしの常習犯だが、斥候や暗殺とか言った任務はやつの独壇場だ。実際、トルネデアスの将校を何人か討ち取ってるって話だ。階級は3級だがやつ自身が昇格を拒んでるとも言う」
「なんでですか?」
昇格すれば俸禄は間違いなく上がるのに。もったいない。
「固有技能が優れてるのは昇格しなくても実入りが良いんだ。それにやつの場合目立つと仕事上不利になる。最下級の方が都合が良いのさ。とにかく、味方にすれば強いが敵に回したら厄介だと思え」
「はい」
実際、彼の周りには誰も居ない。うかつに近寄らないようにしている雰囲気がある。明らかに一般的なよくあるタイプの傭兵とは、見てくれからしてまるで違うのだ。でもなんと言うか、彼本人の気配からは本当に性悪そうには感じられなかった。
「そして――」
そう言いかけてダルムさんはある人物の姿を探し始めた。
「どうしました?」
「いや、一人居ねぇな」
「え?」
そうやり取りしたときだった。
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