私の放った命令口調に彼らは気圧され、うろたえつつも必死に喋り始めた。
「村の周りの林を見かけない人間たちがうろついていたんだ」
「警戒して様子を窺っていたら、そのパックって人を探していた。服装から言って明らかに職業傭兵っぽかった」
「領主様が殺害方法がフィッサールの物だという話もしていた」
「だからそれで――」
予想された通りの答えだった。
というより予想通りすぎてため息しか出てこない。人間は追い詰められればここまで判断する力がなくなるのだろうかと呆れてしまう。彼らの言葉に耳を傾けつつも私は言い返す。
「しかしそれは一方的に与えられた情報でしかありませんよね? そう言う物に飛びつくことで事態が好転して解決するのですか?」
詰問する鋭い口調に、反論も弁明も返ってこない。私は傍らのドルスに問うた。
「ルドルス3級、ランパック3級がそのような事に手を貸すような人物だと思いますか?」
私があえて話をふれば、その意図を即座に察したのだろう。速やかに答えが返ってきた。
「そりゃあねえな。毎日、日の出の前に起きて修練をやって体を鍛えて、傭兵としての任務がないときは、ブレンデッド周辺の町や村を回って病気の子供達を見て回ってる。酒もタバコも殆どやらず、抗命行動も殆どない。任務報酬は浪費せずに全て溜め込んでいる。こいつが不正を働くって言うんなら、そもそも職業傭兵やってる連中は全部、怪しいもんだぜ」
その言葉に頷くようにゴアズさんが言う。
「そのとおりです。ブレンデッドの傭兵街でも、軍人崩れや前科者と言った、もともと荒事に強い人間が多い中で、彼は一番品行方正な人物です。それでもそう言う噂が出るとすれば、彼を陥れようとしている人々がいるとしか考えられない」
二人の言葉に他の仲間たちも次々に同意していた。
「ふたりの言うとおりだ」とカーク、
「始めから疑うべくもありません」とバロン、
「まぁ、ちったぁ頭冷やして考えればわかることなんだがな」とダルム、
さらには、人垣の中には先日パックさんが訪問治療をした際にうかがった母親たちの姿もあった。
その中の一人のリゾノさんが言った。
「その方の本当の姿がどういうものかは私たちには分かりません。ですが――村の子供たちを救ってくださった時のあの姿までが偽りだったとは私には思えません」
リゾノさんのその言葉に母親たちは頷いていた。医師による救いから見放されていた彼女たちを本気で助けたのは紛れもない事実なのだから。パックさんの裏表のない誠意が、彼自身を救ったことになった。
一つの答えが出たところで私は結論を導き出した。
「一つ、皆さんに理解してもらいたいことがあります」
私はこの場にいる皆に届くように力を込めて告げた。
「今、このワルアイユ領は外部から妨害を仕掛けられている。また領主の殺害も起き、物資横流しの不正疑惑もかけられている。これを解決しなければ元の暮らしには戻れないという事です」
それは事実だ。避けようのない事実だ。それを皆で等しく理解しておかなければここから先へは進めない。
「その上で現状のような噂話に左右されて騒乱を起こすことが、事態解決を早めることになるのですか?! むしろ、混乱を深めて今回の事件の黒幕の思い通りになっているという事になぜ気づかないのですか?! この際です。皆さんで認識してもらいたい事実があります」
残酷な現実を突きつけることになるが、今この場においては言っておかねばならなかった。
衆目が一斉に集まり、アルセラも冷静な面持ちで私を見つめていた。
「前領主バルワラ候が急逝し、新領主としてアルセラさんが即位しました。ですが、それを州政府や中央政府に承認してもらわなければなりません。もし、それが認められなければワルアイユ家は事実上断絶という事になります」
「御家断絶――」
突きつけられた重い言葉にアルセラは絶句する。村長も蒼白の表情で拳を握り締めていた。
そんな中で重い空気をものともせずにドルスがぼやいた。
「まぁ、誰がどう考えたって、そうなるよなぁ」
この重い空気の中で軽口をあっさり叩けるのはある意味才能と言えるかもしれない。〝ぼやきのドルス〟の二つ名の真骨頂だ。でもおかげで私も言葉を切り出しやすくなった。
「さらにはこの状況はある〝採決〟を引き出す可能性があります」
アルセラが尋ねてくる。
「それはいったい?」
アルセラは、その胸の中に沸き起こる不安を必死にこらえつつ、私の顔を見つめている。
私はアルセラを見つめ返しつつ、皆にも視線を投げかけながら明確に告げた。
「――〝信託統治委任〟――」
そのキーワードにダルム老が鋭く反応した。
「そうか! その手があったか!」
苦々しい顔で叫ぶ彼には、信託統治委任という言葉の意味が明確に分かるのだろう。説明口調が流れるようについて出てくる。
「ワルアイユ領が自治の維持が困難であり、統治責任者を引き継いだアルセラが統治能力が不十分だと中央政府に判断させる。そして他の統治能力保有者にワルアイユ領の統治を一時的に任せるんだ」
そこにバロンさんが補足する。
「アルセラ候が成長し、統治能力を身につけられたと判断されるまでですね?」
彼もまた中央軍で活躍していたためか政治や統治に対して明るい面がある。
「ですが、信託統治を引き受けた統治代理人が素直に返すとは限らない」
その言葉にダルムさんが頷きつつ答える。
「そう言うこった。領地を返す段階の頃には、領内の主だった重要な役目は代理人の息のかかった人間に入れ替わってるだろうぜ」
カークさんが憤りながら言う。
「黒幕の思い通り、合法的な乗っ取りの完成ってわけだ」
結論を導き出したのはゴアズさん。
「つまり、今回の一連の騒動はその状態を作り出すために時間をかけて仕掛けられた〝罠〟と言うわけですね?」
さらにドルスがボヤキ口調で言う。
「前領主のバルワラ候が暗殺されたのも、結局は統治能力の問題をアルセラの嬢ちゃんにおっかぶせるためだろぜ。うちの隊長がこの場に居てなかったら、領主引き継ぎもおぼつかず、それこそ黒幕の息のかかったもっとたちの悪い制圧部隊が押し寄せてきてるはずだ。統治責任者不在の状況を指弾してな」
それらの言葉にアルセラが冷静さを装いながら答える。
「ですが私は、ルスト隊長や査察部隊の方たちの力を借りて、なんとか新領主として振る舞っています。そう考えればこの〝放火〟の意味もわかるような気がします」
そこにはひたすら冷静に状況判断を下そうと必死になっているアルセラの姿があった。放火の意味を把握しただけでも十分合格点だ。さすが、バルワラ候の娘と言えるだろう。
私は彼らの言葉を首を縦に振って肯定した。
「その通りです。そして、私たち査察部隊は、その騒動と混乱をより信憑付けてさらなる疑惑を補強するために連れてこられた生贄なんです」
「不正横流し疑惑の濡れ衣をおっかぶせるためのな」
ダルム老が私の言葉を補足してくれた。そして、私は疑惑を口にしていた青年たちに一気呵成に告げる。
「アルセラ候を盛り立てて、領民全員で一致団結して領地運営の回復に努めなければならないこの時にあなたたちは何をしているのですか! 不見識にも程があります!」
鋭い視線をたたきつけて叫ぶ。
「恥を知りなさい!」
その言葉に反論する者は皆無だった。
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