スープを食し終えると、次はいよいよメインディッシュへと入る。テーブル中央に置かれた小さく丸い白パンや手軽な大きさにスライスされたライ麦パンを取り皿に取りながら、次の料理を静かに待つ。
「お待たせしました」
プロアの落ち着いた声とともに出された皿の上には、見慣れない白いパティがオレンジ色のソースと共に盛られていた。
「サメ肉のレモン漬けパティのソテーでございます」
その料理の内容に皆が驚いている。もちろん私も。
「サメ肉――ですか?」
内陸国で近くに海がないフェンデリオルでは魚料理といえば鮭や鯉や鮒と言った淡水魚と相場が決まっていた。あるいは遠方から塩漬けにされた魚が運ばれてくる程度だ。
当然、サメ肉なんかそうそうお目にかかれるものではない。
それまで落ち着き払っていた私まで驚いているのですぐそばのセルネルズ家夫人が私に尋ねてきた。
「食されたことがお有りなのですか?」
「ええ」
私がそう答えれば皆の視線が自然に集まってくる。私は落ち着きはらいながら分かりやすく説明した。
「昔少しだけ船に乗って仕事をしたことがあるのですが、そこで船乗りの人たちに勧められたことがあるんです」
私は昔の事を思い出しながら語る。
「サメ肉自体はとても美味しいお肉なのですが、独特の匂いがあり特に時間が経つと慣れない方にはおすすめできないほど匂ってくるんです」
「匂いですか?」
「まったく、匂いませんが?」
他の招待客も私の説明におどろきとまどっているようだった。誰がそんな時にプロアが説明を始めた。
「サメ肉は確かに時間が経つと独特の臭いを発するようになります。ですがレモン汁に漬けることで臭いを取り除くことができるのです。その上で運搬や保存がしやすいように加工してパティに仕上げた物を調理いたしました」
「ほぅ」
招待客の口から驚きのため息が漏れる。興味を掻き立てられながらナイフとフォークを手に一口口の中に含んでみる。
「――!」
それはまさに美味の一言。サメ肉と聞いて記憶の中で不意に湧いてきたあの独特の臭いが一瞬で記憶の彼方ですっ飛んでしまった。
独特の弾力のある柔らかみと淡白な味わい。それに甘塩っぱさのあるソースがマッチして何とも言えない深みのある味わいになる。
「これはうまい」
「ここに来た甲斐がありましたな」
参加者たちの口から思わず喜びの声が漏れていた。
魚料理の皿が空になると、次は肉料理の一皿目に移る。
運ばれてきた料理はグラタンだった。
「じゃがいもとかぼちゃとガチョウの胸肉のグラタンでございます。お熱いのでお気を付けください」
肉料理と言うのでどんなものが出るかと期待していたらグラタンは予想外だった。
ワルアイユの特産品であるじゃがいも。そのきめの細かさと濃厚さから大都市では高級品扱いであり、夜会料理ではしばしば顔を出す食材だった。
程よい温度に熱せられたグラタンにフォークを入れる。その中には主材であるじゃがいもの他に薄切りにされたかぼちゃとガチョウの胸肉が入っている。ホワイトソースなど不要なほどに柔らかさを増したジャガイモとともに食したガチョウの胸肉は口の中でとろけるほどだった。
そしてここで出されたのが、次の肉料理に入る前の口直しとしてのソルベだった。氷菓子としては定番のもので、高山いちごのソースと梅のリキュールが使われている。いちごの濃厚な甘さと梅の酸っぱさが絶妙にマッチしていた。
とはいえ晩夏のこの時期、氷物を準備するのは相当に大変だったはずだ。しかもこの短期間でよく準備できたものだと驚いてしまう。
「もしかして――」
誰にも聞こえないようにそっとつぶやく。もしかすると職業傭兵の中にいた〝樹氷のロレアン〟さん。彼女の氷精系の精術武具なら、これくらいの氷菓子は簡単に作れてしまえるだろう。彼女が手を貸してくれた可能性はある。
実際のところ、火精系の武具で食材を焼いたりするのは珍しくない(と言うより傭兵なら誰だってやってるのよ)
さていよいよメインディッシュとなる。
ソルベの器が下げられた後で、もう一つの肉料理の登場となる。
「煮込み牛肉の薄切り白わさびソースがけでございます」
それは牛肉を焼いたのではなく煮込んで調理したもので、柔らかく仕上げられた肉に白わさびで作られたホワイトソースがかけられている。肉料理と言うと焼いたものが出てくると思っていたのでこれは意外だった。
ナイフとフォークで切り取り口に含むと肉はとろけるように喉を通っていく。そのおいしさに皆の顔が思わずほころんでいく。
「おぉ」
「これは見事な」
賞賛の声があちこちからもれる。これもまた満足の行く仕上がりの名料理だった。
さて、次がいよいよ最後となる。
「レーズンとシナモンシュガーのりんごパイでございます」
薄焼きのパイ生地でリンゴとレーズンとシナモンシュガーを包んで丁寧に焼き上げたパイだ。生クリームとパウダーシュガーがかけられている。りんごの酸っぱさと砂糖の甘さがマッチしていて実にうまい。
最後にグラスに残っていた白ワインを飲み干して終わりとなる。
全ての料理を食し終えて昼食会は終了となる。
そこで頃合いを見計らいアルセラが静かに立ち上がり招待客に向けて告げる。
「皆さま、お料理のお味はいかがでしたでしょうか? ご満足いただけたら幸いです。小半時ほどのお時間をはさみまして、本会食の間にて弦楽器の旅芸人オダ・ホタル様の演奏をお楽しみいただきたいと思います。それまで別室にてごゆっくりお休み下さい」
それはハズレのない、実に美味しい料理の連続だった。その美味しさは会食参加者のほころんだ表情を見ればよくわかるというものだ。
アルセラの言葉を受けて下座の方から静かに立ち上がって行く。そして主宰であるアルセラに一礼をしながら順々に会食の間から出て行った。
そして最後に私、小間使い役のサーシィさんが現れて私を迎えに来てくれる。音もなく立ち上がり作法通りにアルセラに一礼して感謝の意思を示すと、静かに会食の間から去っていく。
こうして昼食会は無事に成功したのだった。
それから控えの間にて食休みとなる。心のこもった料理の余韻を噛み締めながら私は次の呼び出しを待つことにする。
私は心の中で喜びを噛み締めていた。
「アルセラ――」
私の脳裏には実に見事に主催者として振る舞うアルセラの姿が焼きついていた。もう何も憂えることはなかった。
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