―精霊邂逅歴3260年8月6日早朝5時―
―フェンデリオル国、中央首都オルレア―
東西に長いフェンデリオルの国土の中で東部地方に属し、国土最大の市街地圏を有するのが中央首都のオルレアである。
精緻な都市計画のもとに建造された計画都市であり、中央議会場や賢人会議総本部、あるいは諸々の官公庁の建物が立ち並ぶセントラルエリアを中心として、7重の環状道路がぐるりと取り囲んでいるのが特徴だった。
そのオルレアの南部地区の一角は軍施設に隣接している事もあり、歴史ある上級侯族の大邸宅が立ち並んでいた。
そもそも十三上級侯族と呼ばれる特別な人々は、かつての250年前の独立戦争の際に武功のあった軍属の末裔とされていた。
それゆえにすべての上級侯族は何らかの形で軍部やそれに繋がりのある政府機関や学術組織などとゆかりのある者が多かった。
その上級侯族の邸宅エリアの中でも1~2を争う規模を誇る敷地面積を持っている一族がある。
上級侯族十三家の序列2位――
有数の軍閥家系として知られるのが『モーデンハイム家』だ。
1つの本宅と4つの別宅を持ち、関連する一族全てでは使用人の数は1000人を軽く超える。
保有する馬車の数は、軽快なハンサムキャブから、標準的な4人乗りのブルーム、荷馬車に、大人数用のオムニバスと、数十台を保有している。
敷地には巨大な庭園が広がり、その全容は容易には知り得ない。そして、その事実こそがモーデンハイム家の格の高さを物語っている。
そのモーデンハイム家の邸宅の別館――そこに一人の人物の寝室があった。
まだ、朝日の登らぬ薄暗い早朝――
西の空から飛来する一つのシルエットがあった。
西方のワルアイユ領から夜を徹して飛んできたプロアだ。
彼が履いているブーツは一種の精術武具であり系統は地精系、〝アキレスの羽〟と言う銘が語るとおり、着用者の体を軽くし俊敏さを与え、さらには空を駆けることすら可能にする代物だった。
それを用いて通常なら10日以上はかかる道のりを一夜にして移動してきたのだ。
そしてプロアは空の上から、眼下にモーデンハイム家の邸宅シルエットを掴んでいた。
「やっと着いたぜ――」
そう言葉を漏らしつつ高度を下げる。慎重を期して着陸態勢へと移る、モーデンハイム家の敷地の庭園の一角の開けた場所を見つけると、そこへとおりていく。アキレスの羽の精術効果を慎重に制御して、降下速度を落としていき、見事に音もなく、地面へと降り立った。
プロアは別館の建物の周囲を見回す。勝手知ったる風に――
「あの爺さんの部屋はたしか――」
つぶやきながらルストの祖父ユーダイムの寝所の位置を当たりをつける。そして、飛び上がりテラスのある2階部屋の一角にたどり着く。
「ここだな」
窓は天井まで届くほどの高さがあり、紫がかった紫檀の窓枠で彩られていた。板ガラスの向こうはカーテンが引かれ中を窺うことはできないが、プロアは自らの過去の記憶を頼りにその窓扉の一つに手をかけた。
施錠が気がかりだったが、窓扉の一つが幸いにして空いていたのでそこをそっと開けていく。
――キィ――
かすかな音をたてて中へと足を踏み入ると中の様子を窺う。
「またここに来ることになるとはな」
そう漏らした言葉からは、プロアがこの邸宅に何かしらの縁があったことを感じさせる。
邸宅の外側は、薄クリーム色の白レンガを同色の漆喰で仕上げたもので、室内もまた白と灰色と薄茶を基調としたトライバル模様の高級壁紙が丹念に貼られている。質素・実直を匂わせる内装が主で、金銀に彩られた装飾は施されていない。だが、柱や壁飾りや扉枠と言った木材部分はウォルナット・チーク・マホガニーと言った高級木材がふんだんに使われており、目につきにくい目立たないところに品質と重厚さを重視して贅をつくしているのがわかる。
それらの調度品や建物の作りの一つ一つに視線を走らせつつも、プロアはその部屋に据えられていた天蓋付きの寝台へと足を向けた。
そこにはシルク製の寝具に包まれて寝息を立てている人物がいる。
モーデンハイム家前当主である人物――〝ユーダイム・フォン・モーデンハイム〟――その人である。
「――!」
目的の人物を見つけてプロアは安堵して歩み寄る。だが――
「誰だ!」
――怒号とともにユーダイムは飛び起きた。
そればかりか枕の下にでも忍ばせておいたのだろう、小ぶりな片手用の牙剣をとっさに引き抜き、プロアへ向けて突きつけたのだ。
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