――噂は万里を越える――
そして時間は流れ、同じ日の午後3時過ぎ、場所はブレンデッドの街、街中を一人の少年が駆け抜けていた。
少年が向かった先は街の中心部にある新聞屋、少年は朝早くに起きて新聞配達をし、夕刻には翌日の新聞配達の準備をするのが日課だった。
朝夕の仕事の間に学校に登校し、その日も学校の帰りに仕事場の新聞屋へと顔を出したのだ。
新聞屋の入り口は直接新聞を買いに来る来訪客のためのカウンターとなっており、その脇に店内の入るための扉がある。
その扉を開けながら少年は名乗る。
「こんにちはポールです」
「おお、来たか! ポール! 待ってたんだよ」
少年の名はポール。本名はルポール・マルシェ、このブレンデッドの街で学校に通いながら新聞配達をしている苦学生だ。
ルストに毎朝余った予備の新聞を届けていた少年だ。
そのポールに恰幅のいい新聞屋の店長が嬉しそうに言った。
「早速だが新聞を配りに行ってくれ! 号外が出たんだ!」
「えっ!? 号外ですか?」
「おお、とびきりの大ネタだ! 見ろ!」
やや興奮気味に話す店長から渡された新聞を見て、ポールも度肝を抜かれることになる。その新聞の見出しにはこう書かれてあったのだ。
【若干17歳の美少女傭兵、ワルアイユ領西方国境にて、トルネデアス越境侵略軍を見事撃退し、国土と西方辺境領を救済する!】
さらにその中には、ワルアイユの領主の殺害、山林火災を伴うメルト村襲撃事件、さらにはワルアイユ領に謀反の疑いがかけられたがこれが虚偽の疑いであったこと、その嫌疑をかけた首謀者がアルガルド領の領主で、彼に対して正規軍から討伐要請が出たことなどが書かれていた。
時間的には今なおアルガルドのラインラント砦にて戦闘が継続されているはずだが、その趨勢についての予想と憶測も書かれていた。
問題はそこに書かれていた女性指揮官の名前だった。
――その女性指揮官の名は『エルスト・ターナー』と言い、傭兵の街ブレンデッドの傭兵ギルドに所属する2級傭兵である――
ポールはその名前を目の当たりにして思わず声を漏らしていた。
「ルストお姉ちゃん?」
度肝を抜かれる、まさにそういった表現が正しい。驚愕しているポールに新聞屋の店長は言った。
「どうした? 何驚いてんだ? お前がいつも新聞を渡してる美人の姉ちゃんのことだろ?」
「えッ? 店長知ってたんですか?」
その質問に店長はにっこりと笑いながら言った。
「おお! 知ってるぞ! 何年新聞屋の親父やってると思ってんだ。配達やってる人間の行動なんかお見通しだよ」
その言葉には余剰の新聞を勝手に融通していたことへの責め立ては微塵も無かった。店長はポールを急き立てるように言った。
「さあ! ぼさっと突っ立ってないでその号外を配ってきてくれ。もちろん手当は出す!」
もちろん拒否する理由はなかった。
「はい! わかりました!」
そう答えると自分の荷物を降ろし、新聞配達の準備をする肩から斜めに下げたカバンに新聞をめいっぱい詰め込むとすぐさま店から飛び出していく。
その少年の背中に店長が声をかけた。
「気をつけろよ!」
「はい! 行ってきます!」
その背中は瞬く間に街の中へと消えたのだった。
† † †
ポール少年は街中を駆け抜けながら号外新聞を配り歩った。そして彼が真っ先に向かったのはあの店だった。
――天使の小羽根亭――
ルストが行きつけにし、職業傭兵たちが集うあの店だった。
駆けつけるなり両開きの扉を開けて店内へと飛び込む。そして大声でこう言った。
「号外! 大ニュースだよ!」
まだ日の登っている3時過ぎとはいえ、その日の仕事を終えた傭兵たちがちらほらいた。
一斉に振り向くとポールへと声を返した。
「おお! 新聞屋のポールじゃねえか。どうした!」
ポールは新聞を差し出しながら言った。
「ほらこれ! ルストお姉ちゃんが大変なことになってるんだ」
「ルストが? どれ貸してみろ」
ルスト――、その名前が出たことで皆が一斉に動いた。ポールから差し出された新聞を次々に手にとっていく。そして、新聞の中身に目を通すと驚きの叫びがそこかしこから上がるのにはさしたる時間はかからなかった。
「はぁ?!」
「どういうこったよこれ!」
「なんであいつが国境線で防衛戦闘の指揮官やってるんだよ!」
「しかも600人規模ってかなりの軍勢じゃねえか!?」
「待て待て待て待て! ちょっと待った! 一回落ち着いてよく読もう! まずはそれからだ」
「おう!」
「落ち着こう、いいから落ち着こう。うん」
店に居合わせた傭兵たちはそう声を掛け合いながらまずは新聞記事をじっくりと読むことにした。そして事の仔細が分かるにつれて新たな驚きを口にすることになった。
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