――噂は、万里を越える――
今や国中のそこかしこで西方国境での騒動が人々の話題となりつつあった。
今、時刻は夜の8時を回っていた。
場所は中央首都オルレアの上流階級の邸宅地域、その中でもモーデンハイム家の邸宅がある場所だった。
モーデンハイム家の敷地の中に複数ある別宅。敷地の外からは1番目につきにくい場所にある小さな館にとある人物の姿があった。
モーデンハイム家の先代領主、ユーダイム・フォン・モーデンハイム候、その人だ。
彼はある来訪者をもてなしていた。
上級候族十三家の一つ、ミルゼルド家の現当主、フォルデル・ワン・ミルゼルド候だ。ユーダイムからの連絡を受けて招かれたのだ。
その館の2階の一角のゲストルームを使い、周囲から見えないように取り計らった上で二人だけの極秘の話し合いをしていたのだ。
複数のオイルランプの灯りを頼りに話し合いを持っていたが、夕方から始まった話し合いは一定の結論を得たことで終わりを迎えようとしていた。
まずはユーダイムが言う。
「それでは、それについての結論を明日の親族会議で議案にかけさせていただきます。まず予想は覆らないと思いますが」
それに対して答えたのはフォルデルだ。
「ぜひそうあってもらいたいものですな。これ以上の問題の複雑化は双方にとって益は全くありません」
ユーダイムがさらに語る。
「まったくです。とりあえず現時点では双方の認識のすり合わせが上手くいっただけでも良しとすべきでしょう」
「ええ。本当に敵となる人物が誰なのか? それを正しく認識しないうちに行動を起こすのは自殺行為ですからな」
「まさにその通りです。お互いの御家がこれからも無事に生き残っていくためには〝あの男〟には確実にけじめをつけさせませんと」
二人の会話はある人物の責任を問うものだった。それぞれの一族がそれ以上の騒動に巻き込まれないためにもしっかりとけじめをつけておかねばならなかった。
フォルデルが言う。
「それでは今回のこの件はこれで同意ということで」
「異論はありません」
「ではこれからもよしなに」
二人はそう語らい合いながら双方に手を差し伸べ握手を交わす。お互いの意見の調整と認識の共有はうまくいったようだ。
結論が出たところで、ユーダイムが労いの言葉を告げる。
「フォルデル候、夜分遅くまで申し訳ない」
フォルデルも丁重に言葉を返した。
「いえいえ、これは双方にとって必要なことです。私の娘とそちらのご令孫とが親友同士である以上、その仲を引き裂くような事態は私にとっても本意ではありません」
「そうおっしゃっていただけると私としても安堵するものがあります」
フォルデルの娘レミチカ、ユーダイムの孫娘エライア、その篤い親友関係は双方にとってよく知るところだ。双方にとって最悪の事態を回避するということは、レミチカとエライアとがこれまで通りの信頼関係を持ち続けることができるのか? と言う所にも関わってくるのだ。
フォルデルはユーダイムに問うた。
「しかし、そちらのご令孫の現状がそのようなことになっていたとは驚くばかりです」
「エライアの出奔の件ですな?」
「ええ、うちの娘が顔には出しておりませんが、心の中では未だにエライア嬢の事を案じているようなのです」
「そちらのレミチカ嬢とは幼年学校にて初めて会った時から仲睦まじく双方の館を訪問しあってましたからな。寂しい思いをさせても本当に申し訳ない」
「いえ、これはやむを得ない事態です。そちらはそちらでエライア嬢ご自身が心を病まないためにも自ら決断して旅立ったのですから」
「ですがそれももうすぐです。諸問題が解決すればあの子も胸を張ってこの家に帰ってくることができるでしょう」
「その時は是非、うちの娘にも会わせてやってください。今日もエライア嬢の事で何かを気に病んで涙を流しておりました」
「それはどのような?」
ユーダイムの問いかけにフォルデルは答えた。
「我がミルゼルド家の傍流の家系であるアルガルドが引き起こした〝あの事件〟についてです」
「ワルアイユ領の一件ですな?」
「えぇ、聞けばエライア嬢が、西方国境地帯での戦闘のために極秘裏のうちに前線指揮権の承認証を求めたとお聞きしました。その上でエライア嬢ご自身が前線での指揮官となり采配を振るったと言います」
しかしそれが引き起こした結果にレミチカは心を痛めていた。
「ですがその結果、エライア嬢はやっとの思いで見つけたはずの安住の地を脅かされかねない状況に陥っている。私の娘はそのことを強く思い悩んでいました。自分の責任だと――」
だがユーダイムは言う。
「だからこそです。今こそ双方の〝禍根〟を断ち切らねばならないのです」
「おっしゃる通りです」
ユーダイムの言葉にフォルデルははっきりと頷いていた。彼らは父として祖父として、自らの家族を悩みと苦しみから救うために今夜の話し合いを行なっていたのだった。
話し合いを終えてフォルデルが帰路につく。
それをユーダイムは邸宅の外まで見送った。
そののちに自らの本宅へと戻って行く。話し合いの結果をある人物で伝えるためだ。
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