〝金〟――それが示すもののイメージがデライガの脳裏に何かを思い起こさせたのだろう。頑なな表情が困惑へと変わった。
「失礼ながら我々ミルゼルド家は、こちらのモーデンハイム家の方々とは異なり軍閥ではないため、軍事関係においては影響力を行使できません。ですが経済に強い我々ならば、たとえそれが闇社会の地下銀行であっても詳細に掴むことが可能となります」
そしてデライガに直接視線を向けながらレミチカは重ねて言った。
「経済に強い我々ならば、たとえそれが闇社会の地下銀行であっても詳細に掴むことが可能なのです」
闇社会、地下銀行、その二つの言葉が出た時にデライガの表情は色を無くしていた。次にどんな発言が飛び出るかが、おおよその予想がついたからだ。それに構わずにレミチカは証言を続けた。
「今回のアルガルド関連の事件を鑑みて、デルカッツ・カフ・アルガルドにまつわる資金の流れを詳細に追求いたしました。そしてその結果ある事実が判明いたしました」
そう語る言葉は冷淡だった。冷えていて、人の心に鋭く切り込むような鋭利な棘があった。それは、大多数の人々の上に立つ為政者としての特質を持つ者が放ち得る言葉だった。
「まずデルカッツ氏の保有財産の関連帳簿情報を確認して、南洋パルフィアに拠点を置く両替商との取引を確認致しました。この両替商は我らがフェンデリオルの敵国であるトルネデアスとの取引もあり、デルカッツ氏がトルネデアス側との資金取引や物資密輸の際の裏窓口となっていたことが判明いたしました。まずこの点が一点」
一呼吸おいてレミチカはつづける。
「次に彼らの地下商取引の中で〝馬鈴薯〟なる隠語が用いられていました。これをさらに調べた結果、西方辺境から南部都市モントワープ周辺の闇社会関連において〝ミスリル鉱石〟を意味する隠語である事が判明いたしました」
レミチカは一つ一つ確認するかのように淡々と続ける。
「そして、その馬鈴薯の代金としての売り上げの一部が、地下銀行を通じ正規軍中央本部の将校モルカッツ・ユフ・アルガルドに流入していることが判明いたしました。この資金が逆賊モルカッツが正規軍内部で権勢を維持するための軍資金となっていたことも判明しています」
レミチカが掴み取った情報が積み上げられていく。会議参加者の誰もが固唾を呑んで見守っている。
「そして、このモルカッツに流入している不正財産のさらに半数が〝黒猫〟と言う隠語で記されている人物を通じて、とある人物の地下銀行口座に流れ込んでいる事実を掴み取りました」
そこまで告げてレミチカは自らの髪をかきあげながら言い放った。
「そのとある人物の名は〝デライガ・ヴァン・モーデンハイム〟」
そして、冷徹な視線で鋭が切りつけながらレミチカは告げた。
「モーデンハイム家現当主デライガ候、あなたのお名前ですが? これはいかなる事情でしょうか?」
その問いかけに言葉は容易には返ってこなかった。長い沈黙の後にデライガは苦し紛れに言い放つ。
「嘘だ! どこにそんな証拠がある」
所詮は闇社会の情報。物証などあろうはずがない――、そうたかをくくっての発言だった。しかしこれが命取りとなる。
「証拠ならございますわ」
きっぱりとした一言。その一言にデライガは言葉を失う。
するとレミチカは神殿施設の片隅で待機していた自らの従者に声をかける。
「ロロ、あれをお持ちなさい」
「はい! お嬢様」
可愛らしくも毅然とした声が返ってくる。そして足早に一人の侍女が進み出てきた。彼女の手に握られているのは書類の束。
その中から一冊の帳簿を受け取り、頭上高く掲げるとこう告げた。
「これはとある地下銀行業者の重要責任者と、極秘取引の末に情報の出自にまつわる具体的な人物名を秘する事と、別件による資金提供を条件に、お譲り頂いた【裏帳簿】です。そしてここには取引の窓口となった人物の名前と取引を行った時間と場所と方法、そして――」
これが最後の一撃となるトドメだった。
「非合法な裏の念話通信の裏通話番号も記載されています。そしてこの裏通話番号が――」
レミチカはデライガに自らの右手の指を突きつけた。
「デライガ候、あなたのものであることは既に判明しております。いくつかの関連証拠も入手済みです。然るべき法的裁きの場に提出すれば明確な法的証拠として採用されることでしょう」
そしてレミチカは吐き捨てた。
「諦めなさい、愚かな権力の亡者」
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