天使の小羽根亭の店先に私たちは出る。
その後を追うようにギャラリーが店の外へと溢れ出してくる。店外の路上、私たちは向かい合わせに対峙した。
「ルスト」
聞き慣れた声がする。視線を向ければそれは武器職人のシミレアさんだった。
〝シミレア・ジョクラトル〟
職業傭兵につきものの武器/武装、それらを一手に引き受けている有力武器商人だ。彼とはこのドレスをくれた人物からの紹介で知り合った仲であり、私に職業傭兵として必要な知恵や知識を教えてくれた恩人でもある。
「使うだろう? 受け取れ」
そんな簡素な声とともに彼はあるものを投げてきた。私が愛用している武器だ。私が預けておいたのを持ち出して来てくれたのだ。
その武器に対して周囲のざわめきの声がする。
「戦杖にしちゃ長えな」
「あぁ、普通、1ファルド6ディカ(約60センチ)だろ?」
「あれ、2ファルド(約75センチ)はあるよな?」
「カスタム品だろ」
かたや向かい合っているドルスの手には片手用の剣――これもフェンデリオルの民族武具である牙剣が握られている。
刃峰の長さは1ファルド4ディカ(約55センチ)ほどでやや小振り。これはドルスの戦法に理由があった。
ドルスの武器もまた彼の戦法に合わせたカスタム品だった。
その時、ギャラリーから声がする。話していたのはパックさんとシミレアさんだった。
「失礼、ルスト嬢が手にしている武器は?」
「戦杖と言ってフェンデリオルの市民が使う護身用武器だ。他の国だとメイスやクラブと言った物にニュアンスが近いな」
シミレアさんの語りが続く。
「ふつうは頭だけ金属で竿は黒檀や紫檀などの木製なんだが、あれはすべてを金属で作った特注品だ」
パックさんが更に問う。
「ドルスの御仁が手にしているのは?」
「あっちは牙剣――戦いの専門職が持つための武器だ。片手用と両手用があって造りとしては全体が一枚板で拵えられた曲剣だ。もっとも、ドルスが使ってるのは片手用をさらに軽量化した特別性だ。やつの戦い方に合わせて拵えている」
その言葉にパックさんが問う。
「貴方がお作りになられたのですか?」
「あぁ。これでも武器職人だ」
ドルスが手にしている牙剣は軽量牙剣の中でもさらに小振りなものだ。通常は軽量だと1ファルド6ディカから2ファルド程度だが、ドルスの物はそれより小さい1ファルド4ディカ(約50センチあまり)――片手で容易に振り回す事を強く意識している。打撃のインパクトが軽くならない程度に軽量化を重視している。それはドルスが〝高速打ち込み剣術〟を戦闘の流儀としているからにほかならない。
そう――
目の前のこのボヤキ男の本当の二つ名は別にある。ギャラリーから声がする。
「〝早打ち込みのドルス〟――久々に見られるか?」
「ぼやきの二つ名返上できるかもしれねえぞ」
それはハッタリでも吹かしでもない。私たちを眺めているギャラリーの視線が、私のことを不安げに見ているのはそう言う理由がある。そしてそれは、その場で行われた〝賭け〟にも現れていた。
「どっちに賭ける?」
「ドルス」
「ルスト」
「ぼやき」
「ドルスだな」
「俺もぼやき、嬢ちゃんがどう見ても不利だろう?」
「俺もドルスで」
「んじゃ俺、ルスト嬢ちゃんで」
ギャラリーの何人かが賭けを始めたが別段珍しことではない。他人の果し合いやケンカは、傍目には体の良い娯楽でしか無い。賭けを仕切る者の声がする。
「じゃあ、ドルスに賭けるのは右手に、ルストに賭けるのは左手に、掛け金を握ってくれ。負けたやつから回収するぜ!」
紙幣や硬貨を取り出す音がかすかに聞こえてくる。同時に場の成り行きを案じる声もする。
「おい、ドルスってあれでも正規軍の闘剣大会で賜杯をとってるんだろう?」
「腕前だけで言えば達人クラスのはずだぞ?」
「ルストの嬢ちゃんって戦場で闘ったことってあったっけ?」
「さぁ? 俺は見たことねえけどな」
そう言う手合の評価が大半を締めているが、私の戦場での実績が浅いこともあり、そうなるのは致し方のないことだった。ならば、ドルスを打ち負かして皆の鼻をあかすだけだ。
「あなたに私の実力を思い知らせてあげるわ」
私は誇らしく告げたのだった。
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