旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

傭兵ギルドと仕事探し

公開日時: 2021年4月24日(土) 21:10
文字数:2,756

 自宅のある街区を出てブレンデッドの街の中心地へ向かう。

 レンガ造りや石造りの堅牢な建物が立ち並ぶ表街路を歩いて行く。

 その表通りの最も目立つ場所に立っている建物が『傭兵ギルド・ブレンデッド支部事務局』だ。

 3階建て屋根裏付きの石造りの立派な建物には、その役目柄、昼夜問わずに誰かしらが常駐している。

 開始時間は朝の8時。その頃にはすでに建物の周りには仕事を探す他の職業傭兵たちがたむろしていた。

 背も高く、ガタイも大きい男の人たちが多い中で、小柄な私は大変目立っていた。戦うということに鋭敏な神経を養っている彼らからすれば、私が通り抜けるだけで黙っていても目線を惹くものらしい。皆の視線が一斉に集まる。私はそのひとつひとつに返すように挨拶をした。


「おはようございます!」


 皆に元気よく笑顔で挨拶すれば、顔を見知った一人の男性傭兵が声をかけてくる。


「よう!」


 背丈は高く髪は金髪、カーゴパンツにボタンシャツ、野戦用ジャケットに外套マント。人によっては革帽子を被る。このコーディネートは職業傭兵としては比較的定番な組み合わせで傭兵の制服と言う人も居る。

 皆の視線がチラチラが集まる中で私と彼のやり取りが始まった。

 

「なんだルストも例のやつ狙いか」 


〝例のやつ〟――新聞にもあった軍の偵察任務の事だろう。


「はい」


 ごまかして黙ってても意味ない。私は素直に認める。


「遠征しての哨戒任務は実入りが良いから競争率高いぜ」

「わかってます。だから早起きしたんです」

「そうか、ま、せいぜい頑張れよ」

「はい」


 会話を終えると同時に、事務局の扉が開く。

 

「じゃな!」

 

 彼はそう言い残してギルドの詰め所へと入っていく。私も傭兵たちの群れの中に混じって仕事探しを始めた。

 

 私の仕事は職業傭兵。

 軍務に従事しての戦場経験も、敵兵を討ち倒し首級をあげたこともある。子供の真似事じゃない。

 とは言え、もともとが戦闘に従事する荒っぽい仕事だから、数から言えば男性の方が圧倒的に多い。女性傭兵も居ることに居るが、私のように15~17の若い年齢の女性傭兵となるとさらに数が減る。大抵はもっと身の危険の少ない仕事を選ぶからだ。

 フェンデリオルは女性のできる仕事はとても発達している。女性が生きる場所が制限されているなんてことはない。

 そう、わざわざ命のやり取りをしてまで危険な戦場に向かうにはそれなりの理由があって当然なのだから。

 無論、私にも――

 

 傭兵ギルドの1階入り口を入ってすぐがギルド詰め所だ。職業傭兵が仕事を探したり、ギルドに相談事をしたり、所定の俸禄を払ってもらったりする場所になる。ちなみに俸禄とは、いわゆるギャラの事だ。

 銀行窓口の様にカウンター席が並び、事務員の居場所と傭兵たちが屯する場所が分けられている。

 詰め所に入って左手側、その壁一面のエリアが任務案件の掲示場所になる。壁に任務案件の概略が掲示され、その真下に棚があり、そこに任務詳細が書かれた書類が仕舞われている。仕事を探している傭兵はそこから希望する仕事を選び出し、書類に記入、カウンターの事務員に渡して参加申請をする。

 

 そもそも、職業傭兵が任務を得るには2つある。直接指名と参加希望だ。

 直接指名はわかりやすい。任務の依頼元である軍や政府筋が求める案件に見合った人物を選択して任務依頼するものだ。この場合、優れた実績があり名前が通っている必要がある。逆を言えば、名前の売れていない者や実績が無い者には指名は来ない。

 私はまだ大きい実績が無いので直接指名はない。だから自分で仕事を探して参加希望を出すことになる。

 ギルドの詰め所の1階に、事務局に寄せられている仕事案件が掲示されている。それをチェックしてこれはと思った案件に希望申請を提出する。そして、事務局の審査を受け問題がなければ契約成立となる。

 私のように駆け出しの若手や実績不足の人たちは、毎日のようにこの詰め所に日参している。

 人混みの中をかき分けるようにして掲示板へと近づいていく。傭兵というものを詳しく知らない人から『女の子一人で男の人達の群れの中で怖くないのか?』と聞かれたことがあったが、この稼業、ギルドの人たちが規律に対して厳しい目を向けているので露骨な嫌がらせはそうあるものではない。あったとしてもたまにお尻を触られるくらいだ。今もまた――


「―――!」


 通りすがりに誰かが私を触った。気配を感じて背後を振り向けばにやにや笑いのおじさん傭兵が一人。

 でもその隣の相方のような人が、私を触った人を軽く小突くと謝りながら離れていく。これもまたよくある光景だ。

 今日も掲示板に事細かく膨大な依頼案件が並んでいた。


【モスコーソ山地、山賊征伐】

【ヴィト鉱山、警備任務】

【モルティエ地方、ゲリラ対応戦闘任務】

【ワイオシーズ地方、外患誘致カルト集団制圧任務】

【オアフーオ農村地帯、害獣〔狼種〕討伐】

【カストック農村地帯、害獣〔鎧竜種〕討伐】

【クレストン辺境駐屯基地巡回警備】


――と言ったいかにも戦闘を伴いそうな物から


【正規軍兵站部隊物資運搬】

【フォルダム山岳地方災害復旧作業】

【南部2級運河緊急整備事業】

【西部都市ミッターホルム消防業務支援】


――と言った力仕事を想起させる物


【西部都市商業ギルド連合、軽事務作業】

【西部都市児童学校、教育補助業務】

【国立病院地方分院、医療看護業務】


――と言った明らかに傭兵の範疇を超えた物もある


「まぁ、ほんとに仕事がなければこう言うのもありなんだろうけど」


 私は教育補助の仕事の紹介票を手にとったが、すぐそばで任務探しをしていた年上の女性傭兵が語りかけてきた。黒髪を短く刈り込んだいかにも戦闘慣れしてそうな年上の女性だ。


「アンタ、やめときな。そういう非戦闘系に慣れるとますます傭兵本来の仕事に縁遠くなるよ」

「そうなんですか?」

「当然よ。そういう仕事で実績作ったら直接指名が殺到して逃げられなくなるから。それで傭兵やめてった女仲間いっぱい居るのよ」


 彼女は私を頭からつま先まで丁寧に眺めながら言う。


「あなたみたいに傭兵にはちょっと見えないほど可愛らしい人だったら、なおさらこう言う非戦闘系の仕事が受けがいいかもしれないけど、あなたが目指しているのはそういうモノじゃないでしょ?」


 その通りだ。私は私の持っている実力が傭兵に向いていると私自身が信じているからこそここに来ているのだから。目の前の彼女ははにかみながら私に言った。


「仕事探し、地道にがんばりな。一つでも武功をたてられればこっちのもんさ」

「ありがとうございます。先輩」


 私がそう答えれば、彼女は満足げに頷いていた。礼を述べて仕事探しを続けるがやっぱり狙っていた物は無い。私は並んだ案件の中からすぐにできる単発の仕事を選んだ。


【ブレンデッド商業ギルド、物資運搬警備】


 まずは地道なところからやって行こう。


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