自然に一人一人の顔が私たちの視界の中に飛び込んでくる。ざっくばらんでノリが良くて、それでいて義に篤い。そんな人々だった。
その大切な仲間たちから声が送られる。
「見事だったぜ、戦陣での采配!」
「そうそう! あんなに鮮やかな包囲戦術なんざ、そうそうお目にかかれねぇよな」
「ルストが指揮官役としてもこんなに優秀だったと思わなかったぜ」
あの戦場での戦闘指揮官役としての腕前を褒める声もあれば、
「それよりも俺が驚いたのは未帰還人数の少なさだ」
「そうだな、これだけの規模の戦闘で、未帰還17ってのは、驚異的な数字だぜ」
「アレだけの規模なら、普通はどんなに少なくても50ぐらいは帰ってこないからな」
その言葉には私も意表を突かれた。その驚きが私の顔に現れているのを見逃さない者がいた。
「どうした? ルスト隊長?」
少し年かさのあるベテランが苦笑しながら問う。
「まさか、17人も失ったとか落ち込んでたんじゃないだろうな?」
「えっ? えっと――」
思わず冷や汗をかきそうになる。ほつれた髪が目元に張り付くが、気にする暇もない。だけど表情や仕草でバレバレだったのだろう。そんな私に他の人たちが突っ込んできた。
「図星だなこりゃ」
「案外神経細いんだな。ルストって」
「しゃーねーだろ。何しろ初めてだからな」
「あぁ、回数重ねるうちに〝相場〟ってのがわかってくるってもんさ」
「そうだな。俺たち傭兵の〝命の価値〟ってもんがな」
そして、北のヘイゼルトラムから来ていたという傭兵がしみじみと言う。
「戦場じゃ、人の命の価値は紙切れより軽い。たった一つの考え方の間違いで何人も死んじまう。だからこそだ」
彼が、そして、みなが私の顔をじっと見つめながら告げてくれた。
「あんたが、17人で済んだと吹っ切るのではなく、17人も失ったと悔いる指揮官だからこそ、俺たちは縄張りの垣根を越えて駆けつけたんだ」
「助けるべき生命があって、その命の価値を知っている」
「命の価値を知っているから使命に必死になるし、全身全霊をかけて戦おうとする、旗印を上げる」
「だからこそだ」
「その思いをずっと忘れずに居てくれ。なぁ、ルスト隊長――いや〝旋風のルスト〟」
そこにあるのは〝信頼〟そして〝期待〟それが込められた視線が私の方へと集まってきていた。
「もちろんです。命をかける仕事だからこそ〝軽く〟考えたくないんです」
皆が満足げにうなずいてくれていた。そこには確かに〝絆〟があったのだ。そんな私たちのやり取りを見ていたアルセラが言う。
「素晴らしいですね。傭兵の関わり合いって」
そうつぶやくアルセラにはある種の憧れがにじみ出ていた。
未知なる素晴らしいものへのあこがれだった。
アルセラが傭兵たちに問いかけた。
「そういえば、皆様から見てお姉さまの采配はいかがでしたか?」
あの戦場で私のすぐそばで見守ってくれていた彼女だからこそ、第3者の目からどう見えるのかが気になるのだろう。
その答えはすぐに集まった。
「そうだな、はっきり言って指揮に無駄がなくて効率が良かったのは確かだな」
「それでいて、虚実の駆け引きがうまくて、トルネデアスの砂モグラどもをまんまと嵌めたからな」
「あれだろ? 押すと見せかけて、とっさに引いて、こっちの懐に踏み込ませてからの一網打尽!」
「あぁ、力押し頼みじゃない分、判断の速さが特に優れているってところか」
「なにより〝視野〟が広いぜ。全体を5つに分けて運用してるが、片手落ちで一部が見えていないってのが無いんだ」
「野戦で通信師をあれだけ大規模に活用したのも珍しいよな」
「状況把握と連携を重視してるんだろうぜ」
「まさに〝智将〟ってやつだな」
私の采配に対する言葉に頷きつつも、アルセラは嬉しそうに言った。
「そうなんですね。やっぱりお姉さまってすごいんですね」
アルセラが発する〝お姉さま〟という言葉が出るたびに、押し殺した笑い声が漏れてくるが私はあえて無視した。気にしてたらきりがないし、それにどうせあとからアレコレとからかわれるだろうし。
そのアルセラがやけにキラキラした眼で私を見上げている。どれほどの憧れが込められているのか、手にとるように伝わってくるのがいじらしかった。
しわがれた顔のベテラン傭兵が言う。
「集団戦闘と言うのは理想から言えば、一人一人の傭兵が戦闘力が極めて優れていて、個々の戦闘で負ける事がないと言うのが望ましい。だが、たとえそうだったとしても、それを可能にするのは、必要な手駒を適切な相手へと狙って当てていくことのできる判断力を持った指揮官あってのものだ。それをいかにこなすかが、戦闘指揮官の役目の一つってわけさ」
そこで声を発したのは私の仲間のドルスだった。
「そういうこった」
彼の言葉には重みがあった。
「指揮官が馬鹿だったら、兵は無駄に死んでいくことになる。そしてもっと馬鹿な奴は、兵が死んで行くことに何の痛痒も感じない。そういう無駄死にを産む奴に巡り合わせるのは戦場での最大の不幸だ」
さらにカークさんが言う。
「だが、彼女は違う」
その言葉に皆が真剣な表情で頷いていた。
「ルストには一人一人の兵の顔が見えている。そして、一人一人の持つ力が理解できている。だからこそ俺たちは、彼女が掲げたあの旗のもとに集うことができたんだ。それは新領主たる貴女なら分かるはずだ」
カークが述べる言葉にアルセラは頷いていた。
「はいおっしゃる通りです。今回の戦いでワルアイユの市民義勇兵に怪我人のみで帰らなかった者がいなかったのは何よりも僥倖です」
その傍らで、あのゴアズさんが言った。
「戦場において市民義勇兵というのは本来であれば戦いに参加しなくてもの良い筈の人たちばかりです。その彼らを危険から遠ざけつつ、それでいてその戦う力を無駄なく生かしきって勝利へと貢献させるのも、指揮官次第」
アルセラが頷いて答えた。
「お姉さまの采配が素晴らしかったのは、あの場ですぐ見守らせていただいたからよくわかります」
一人の傭兵が言う。
「象の背中で戦場全体を見回す。俺たち傭兵でもそうそう簡単にお目にかかれるものじゃねえ」
別の傭兵が同意の声を上げた。
「特等席ってやつだな」
「それでどうだい、ご領主様? 実際の戦場を目の当たりにしたご感想は?」
「感想ですか? そうですね」
アルセラは初めての体験を思い出しながら訥々と答え始めた。
「はじめは正直怖かったです。数え切れない数の人が蠢き、ぶつかり合い、剣と剣の鍔迫り合い、精術武具や火炎武器の炎が吹き上がり、打ち負かされた人の血潮が鼻をつく。平穏な生活の中では合うことのない恐ろしい光景です。でも――」
そこでアルセラはある人の事を思い出していた。
「私の父はこう言う事態が起きないように、そして起きてしまったならどうすればよいのかを昼も夜も苦心惨憺して考えていました。ときには近寄りがたいような恐ろしい表情で。でも、父の思案のその本当の意味が、この戦いでようやく解った気がします」
私はアルセラに問うた。
「それは?」
「領民の暮らしの安寧、そしてそれは国境の安全であり、国が安泰であると言うことにほかなりません。それをなし得る事ができるのは皆様方のような〝戦いの担い手〟があってこそなのだと」
アルセラはドレスの前、お腹の辺りで両手を組むと、こう口上を述べた。
「皆様、この度の戦いでは本当にお世話になりました」
そして、頭を下げつつ彼女は述べた。
「領民たちに成り代わり、こころより感謝申し上げます」
拍手がなる。祝福と感謝の拍手が。その心からの謝意は皆へと当然のように伝わったのだった。
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