領主別宅の隣りにある村役場、その2階にあるのが村長の執務室だ。
領主がワルアイユ領全体を取り仕切るのであれば、村長は村に住む住人たちの日々の暮らしをまとめていくのが役割だ。
――メルゼム・オードン村長――
このメルト村の村長で恰幅とガタイの良さが目立つ初老の男性だ。おそらくは戦闘経験もあるだろう。
村の要人たちを招いての話し合いの後、私達はアルセラ嬢とともに村長に招かれた。
そして村の助役だろう人物が村長の指示で用意した地図をテーブルの上に広げているところだった。
「失礼いたします」
そう挨拶を口にしながらダルムさんやパックさんと村長さんの執務室へと入っていく。そこにはすでにアルセラさんが村長さんと待機していた。
「ご苦労さまです」
アルセラがねぎらいの言葉をかけてくる。
「ようこそ。まずはお座りください」
メルゼム村長がテーブルの周りに並べられている椅子を私達に勧めてくれる。そこに腰を落ち着けて私達の話し合いは再び始まったのだ。
「しかし、驚きました。ミスリル鉱石の横流し疑惑とは――」
村長の絞り出すような声が聞こえてくる。慰める言葉も見つからない。私は言う。
「物証らしい物証は無いのですが、先程も言ったとおり横流しは事実だったと考えています。その疑惑の証拠となるようなものを何者かが抑えている――だからこそ我々が派遣されたのでしょう。風聞だけでは軍組織は動かせませんから」
だがそこにアルセラが言う。
「でもお父様がそのような事をするはずが――」
「もちろんよ。アルセラ――あなたのお父上がそのような軽率なことをするはずがないわ。自らを奈落に突き落とすような真似をするような人とは到底思えない。しかしそれでももし疑惑の発端となる証拠があったとするのなら――」
私の言葉にダルムさんが言う。
「〝あいつ〟か、代官のラルド」
「可能性は高いです。なぜ姿を消したのか? を調べる必要もあるでしょう」
だが私はそこで脳裏に引っかかるものがあったのは事実だった。
「ですが、一つだけ気にかかることがあるのです」
「それは一体?」
「判断材料が少ないので迂闊な結論は出せないのですが――」
私の言葉にアルセラが尋ねてくる。私は前置きをした上で静かに答えた。
「なぜこの段階でバルワラ候が暗殺されたのかと言う事です」
私の言葉にアルセラが表情を張り詰めさせるのがわかる。村長もつらそうな表情を堪えている。だが疑問は疑問として共有しておかねばならないのだ。私は疑問の核心を告げた。
「そもそも、横流し疑惑があるのならその証拠を押さえて正面からバルワラ候を捕らえればいいのです。たとえ冤罪だったとしてもそれだけでワルアイユ領は身動きが取れなくなり、隣接領のアルガルドには好都合になるはずです」
そこにパックさんが静かに語る。
「だが、ご領主は何者かによって密殺されました」
「その通りです。ですがこれでは死人に口なし。横流し疑惑で押し切ることができなくなります。そう考えるとなおさら不可解なんです」
「なるほど――」
メルゼム村長が深くうなずいていた。
「――おっしゃるとおりですな。アルガルドが黒幕なら領主であるバルワラ候には生きてもらわねばならないはずです」
そしてアルセラは困惑しつつも言葉を吐いた。
「つまり、お父様を死なせることに意味があった――と考えるべきなのでしょうか?」
「それで間違いないと思います。つまり――物資横流し以上の嫌疑と謀略がさらに仕掛けられていると考えるべきではないでしょうか?」
私が出した結論を否定する人はだれもいなかった。少しの沈黙の後に声を発したのはアルセラだった。
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