その声に答えたのはソルシオン将軍だ。力強い声で承認する。
「構わん、続けたまえ」
「はっ!」
そして、衛兵の彼の背後に待機していた下士官を招き入れる。
「入れ」
「はっ!」
入室してきた下士官が直立して敬礼をする。姿勢を戻すと毅然として名乗る。
「中央通信部第1通信室所属メルキド・ボーマン曹長であります!」
姓名を名乗ったのは参謀本部会議と言う重要な場に伝令として駆けつけた際に、役割の正当性と責任所在を明確にするためだ。
フェンデリオル正規軍定番の鉄色の軍装に身を包んだメルキド曹長はすぐに要件に入った。
「南方司令本部経由で西方国境最前線より伝文が伝わりました!」
彼がもたらした〝西方国境〟と言う言葉が会議室の中に騒然とした空気をもたらした。即座にソルシオン将軍が告げる。
「構わん、報告したまえ」
「はっ!」
彼がその右手に握っていたのは長方形の金属ケースで、真鍮製の伝令文入れだ。フェンデリオル正規軍が軍内で運搬する際、通信師が受信した伝令文をしたためた文書を収納し汚損させないためのものだ。筆箱のように開閉するとその中に折りたたんで収納していた伝令文書を取り出し開いて読み上げた。
「読み上げます!」
その声が会議室の中の人々の視線を一点に集める。並み居る士官・将校たちを前にして彼は告げた。
「本日、日の出直後に開始されたワルアイユ領西方国境地帯の敵対国家トルネデアス帝国との越境紛争において、先程正午過ぎに戦闘行動の集結を確認! 敵軍700人規模の第1陣を包囲戦術にて撃破し潰走せしむる! さらに敵軍1000人規模の第2陣の合流を阻止し撤退させる事に成功! 国境線防衛に成功との事です!」
その報告は驚きと安堵をもたらした。
「おお!」
「やったか!」
ソルシオン将軍が問う。
「損失と消耗は?」
「損失総数は現在確認中、未帰還数のみ確定! 戦列参加総数640未帰還数17との事です!」
その言葉はさらなる驚きをもたらした。あちこちから感嘆と驚愕の声が漏れる。
「640中未帰還17だと?」
「損耗率にして3%未満です」
「信じられん。実戦での前線指揮はこれが初めてなのだろう? エルスト・ターナーなる女性傭兵は?」
「しかも若干17歳、それだけの才覚を持つ人物を我々は一人しか知りえません!」
「もしや、やはりあの2年前の――」
会話がそこまで進んだときだ。ソルシオンが遮った。
「言うな! 我々が前線指揮権を承認し預託したのはあくまでもエルスト・ターナー2級傭兵だ、事実把握に憶測は不要だ!」
「確かに」
「失礼いたしました」
憶測の声は止む。勝利をもぎ取ったのはあくまでもエルスト・ターナーなのだ。
だがそこで別な声が出る。
「しかしなぜ南方司令部経由なのだ?」
メルキド曹長は答える。
「申し訳ございません! 自分はその点については答えを持ちません!」
それを補うように答えたのは通信参謀の一人だ。
「件の西方司令部内部での伝達妨害を警戒してのことでしょう」
「こんな事を思いつくのはやつしかおらんな」
「西方司令部のワイゼム大佐だな。西方司令部の内情を知っているからこその判断だろう」
ワイゼム・カッツ・ベルクハイド大佐、彼は西方司令部きっての切れ者として知られていた。
「やはり、西方司令部は一度、総点検するべきだな」
そして、憲兵組織を掌握する憲兵参謀が告げた。
「早速、憲兵本部に下命しましょう」
それらの会話をソルシオンがまとめつつ続ける。
「西方司令部の件は早急かつ内密に頼む」
「はっ」
「さて、戦いに勝利したのであれば、我々が取るべき判断は一つだ。ワルアイユ領に向けて戦闘事後処理のための支援部隊を派遣しろ。可及的速やかにだ」
「はっ!」
返答を返したのは作戦部の一人だ。彼から適切な部署に対して支援部隊編成と派遣が指示される事になる。ソルシオンが更に言う。
「問題はこのあとの行動だな。今回のワルアイユ領にかけられた嫌疑が虚偽であった可能性が濃厚になった以上、今回の事案の実態を正確に把握し、不正を行った人間が居れば一網打尽にしなければならん。憲兵部隊・軍警察のみならず情報部でも実態把握について動いてほしい」
「無論です。早急に調査を開始させます」
彼らがそう判断を巡らせていたときだ。通信室からの伝令の二人目がやってきたのだ。
「失礼いたします! 緊急伝令の第二報です!」
先ほどと同じ手順で二人目が入室する。所属と姓名と階級を名乗って伝文を読み上げる。
「西方国境防衛部隊より伝文続報です。戦闘終結確認後、ワルアイユ領越境侵略案件の首謀者を確認。確保された物的証拠により本案件の首謀者をワルアイユ隣接領地アルカルド領領主デルカッツ・カフ・アルガルドと断定!
西方国境防衛部隊臨時指揮官エルスト・ターナー2級傭兵以下8名がデルカッツ捕縛に即時出発いたしました!
なお証拠案件は西方司令部所属ワイゼム・カッツ・ベルクハイド大佐が保持。後日中央司令部に提出するとのことです」
伝令は淀みなく一気に読み上げる。その内容は新たなる感嘆の声をわき起こしていた。
「休む間もなく首謀者の討伐だと?」
「確かに首謀者の逃走を防ぐためにはそれが最も最適な判断ではあるが」
「休息も取らずに即時出立とは。なんという神速だ」
「かつての歴代の戦場の英雄たちを思い出しますな」
「いかにも」
場の者たちが進言する。
「ソルシオン将軍閣下、憲兵部隊にアルガルド領制圧のための臨検部隊派遣を命じましょう」
「おそらくはエルスト・ターナー2級傭兵が率いる部隊が先行して制圧していると思いますが、制圧後の維持のためにも必要と思われます」
それらの意見に将軍は答えた。
「ワイゼム大佐は本来、ワルアイユ領の一時接収のために憲兵部隊を含む制圧部隊を率いていたはずだ。その中から20名規模で先行派遣させろ。さらに近隣の駐屯基地から追加増援を出発させる!」
そしてさらに重要な事を思い出していた。
「確か、正規軍の中央本部の地方査察審議部にアルガルド家の人間がいたな」
「モルカッツ准将ですな?」
「今回の事態、ヤツが無関係ということはあるまい」
その言葉に軍務課と情報部の者が動いた。
「直ちに身辺状況を調査開始いたします」
「何かわかったら知らせろ。その際には私も直接動く」
「はっ!」
そしてその時、それまで沈黙したまま状況を見守っていた一人の人物が声を発した。
フェンデリオル正規軍中央参謀本部最高司令官、ベッセム・トラヴィック・オルトガル元帥その人である。
元帥は言う。
「ソルシオン参謀長」
「はっ!」
「エルスト・ターナーなる人物、君が構想している〝例の計画〟の候補に相応しいのではないかね?」
例の計画――、その言葉がもたらす響きには今回の動乱を解決へと導いたルストに対する期待が滲み出ていた。ソルシオンは言う。
「元帥閣下のおっしゃる通りです。人格・才覚・器量、いずれをとっても申し分ないでしょう」
「彼女なら、候族階級の人間の反発も抑えられるだろうな」
「おっしゃる通りです」
二人はそう語り合いながら納得の表情でうなづきあう。そして元帥は言う。
「詳細な人物評価を進めたまえ。いずれ今回のワルアイユ動乱への最終的な論功行賞も必要となるだろう」
「早急に進めさせていただきます」
「頼むぞ。それと前領主が暗殺によって失われたワルアイユは、うら若い息女が暫定領主として采配を振るっていると聞く。次期領主として相応しい人物足りるか、周辺の人間関係も含めて調査を進めたまえ」
それはすなわち、今回の一件の評価が指揮官を務めたルストに対するものであり、領主代行を務めたエライアに対しては評価に足る人物とは目されていないということを意味していた。
「唯一の父親を亡くしたそうですが、それと領主としての評価は別です」
「その通りだ」
元帥からの言葉にソルシオンは一つの案を提示する。
「アルガルド討伐が成功したなら、エルスト・ターナー2級傭兵がワルアイユへと帰投しだい、戦闘参加者が帰参する前に臨時の祝勝会となるでしょう」
「であろうな。その際に周辺領地の当主など様々な人物が集まるだろう。領主としての才覚を見極めるには格好の場となるであろう」
「では、祝勝会にワイゼム大佐を参加させアルセラ嬢の人物評価をさせましょう。ワルアイユの次期領主として認めるかどうかは――」
「それ次第だな」
二人は互いに頷き合う。
「南方司令部経由で打伝します」
「頼むぞ」
「はっ!」
そして会議の場をまとめるように元帥は宣言した。
「それでは各自、持ち場に戻れ。行動と判断は遅滞なきようにな」
元帥の言葉を受けて全員が直立し敬礼をする。そして一斉に声が発せられる。
「はっ!」
そして最後をまとめるようにソルシオンが宣言した。
「解散!」
そしてそれぞれが各自の持ち場へと散っていく。戦争は戦場の戦闘が終わったからといって終結はしない。
戦場から人が消えてから始まる戦いもあるのだ。
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