「どういうことだよ? あいつら確かミスリル横流し疑惑の極秘査察に行ったはずだよな?」
「それが何で、敵国内通の手引きの嫌疑になってんだ?」
「まぁ、そっちについては濡れ衣を着せられたってはっきり書いてあるけどよ」
「ワルアイユ領が襲撃されて、それを撃退するために戦ったってあるな」
「虚偽の証拠による辺境領の討伐命令」
「それから領民たちを守るために国境線地帯へと脱出」
「そしてそこに砂モグラどもが示し合わせたように国境侵犯だ」
「それとやりあったっていうのか? ルストたちは?」
「討伐命令に従ってやって来た正規軍の部隊とかき集められた職業傭兵を糾合ってあるぞ」
「それをうまく取り込んだのも」
「たぶんルストだな」
「よくあいつにそんなことできたな」
「あのルストだぜ?」
彼らの頭の中では、普段のルストの姿の方が色濃く焼き付いている。屈強な男達に混じりながら必死に小銭稼ぎをしている、あの健気なルストの姿の方がどうしても浮かんでくるのだ。
「いかん、いつものアイツの姿と新聞の内容が噛み合わない」
「俺もだ……」
「なぁ、指揮官役って俸禄いくらになるんだろう?」
「馬鹿! 値段がつくような仕事か?」
「傭兵ギルドの詰所にもそんな仕事、ぶら下がってねえよ!」
「てことは――」
「成り行きでこうなったって事だな」
「ああ」
「成り行きってどんな成り行きだよ」
「クジ引きとか?」
「んな阿呆な」
答えは出てこない。考えれば考えるほどわからなくなる。
「なあ」
「おう」
「俺ずっと思ってたんだけどよ」
「多分俺もだ」
「俺も」
「俺も俺も」
続々と手が上がる。そしてある一人が言う。
「ルストってよう」
「ああ」
「あいつ一体何者なんだ?」
「それはずっと思ってた」
「だよなー、傭兵になって1年足らずで2級とかありえねーし」
「模擬戦闘じゃ10年20年のベテラン相手にブイブイ言わせてたって言うし」
「精術武具とかやたらと詳しかったり」
「候族様の生活事情とか精通してたり」
「ドルスのお酌の時にもあったが、化粧させればあの美人顔だろ?」
「以前あいつと一緒に野営したことあるんだが、野戦料理とかめちゃくちゃうまいんだよ」
「あー、料理とか裁縫とか不思議なくらいにうまかったよ」
「結婚すればいい嫁さんなるだろうなあ」
「おい待て、まだ17だぞ」
「うんそうなんだよ。それだけの技量持ってて〝まだ17〟なんだよ」
「色々とありえなくね?」
「それなんだけどよ、あの身長で銀髪・碧眼で17歳って言うと――」
「あ、やっぱお前らもそう思う?」
「ああ2年前の……」
彼らの会話はとうとうそこへと到達してしまった。だが、一人が大声を上げた。
「待てお前ら! マジでちょっと待て!」
両手を上げて大きく振り回しながら、中年入りかけのその傭兵のおっさんは大声で仲間を制止した。彼は言う。
「お前ら! ダルムの爺さんが若い駆け出しの傭兵達に常々何て言ってるか覚えてるか!」
「あ」
その問いかけに皆が気付いていた。
「〝傭兵なら、他人の過去には触れるな〟だったっけ」
「まあ基本中の基本だよな」
「そういやそうだ」
改めて指摘されて皆が頭をかいている。
「俺たちにとっちゃルストの嬢ちゃんは、可愛い妹分だ」
「ああ、そうだな」
「これから先あいつがどれだけ出世していたとしても、それは変わらないし変えるつもりもない」
「そういうこった」
そこまで結論が出たことでもう号外新聞の中身は話題にも上らなくなっていた。そして彼らの話題は次の問題へと移っていた。
「さてそうなると!」
「あいつらが帰ってきた時のことだな」
「やるんだろうあれを!」
「祝勝会!!」
「当たり前だろう!」
「めいっぱい派手に盛り上げてやらねぇとな」
「そういうこと」
「と言うわけで」
そこまで話して、皆がその手に酒の入ったグラスを手にしていた。そして一斉に叫んだ。
「祝勝会の前祝いと行こう!」
「おおう!」
「カンパーイ!」
その様子に天使の小羽根亭の女将であるリアヤネが苦笑していた。
「あんたら、何のかんの言って飲んで騒ぐ口実が欲しいだけじゃない!」
苦笑しつつ彼女は言う。
「まあ、うちは儲かるからいいけど」
そんなやりとりをやっている中、ポールはリアヤネに言った。
「それじゃ女将さん、俺行きます」
「うん、気をつけてね」
「はい!」
傭兵たちもポールに声をかける。
「頑張れよ!」
「気をつけてな!」
それらの声に送られてポールは走り去っていった。
その後の店内でリアヤネは号外新聞を手に記事を眺めながらこう言葉を漏らした。
「ルスト、あんたそれでいいの? もう今までの暮らしはできないよ?」
その言葉にはルストの身の上に降りかかるであろう多大な困難を案ずる思いが滲み出ていた。ルストを自分の娘のように思い労ってきた彼女だからこそ出せる言葉だった。
だが、新聞記事からは声は返ってこない。
言いようのない不安だけが彼女の胸中には残っていた。
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