カークが倒木作業を行っているとこから少し東へと離れた位置。
そこで作業をしていたのはゴアズだ。
「倒木する本数は、20本ですね」
「はい」
「では東の方角へ倒しましょう。火から少しでも離したほうが良い」
「そう思います」
「では伐採を開始します。周囲を警戒してください」
「分かりました」
ゴアズと村の若者がやり取りをしている。すでに伐採作業を始める準備に入っていた。
彼が準備したのは両腰に下げている大振りの片手用の牙剣だ。肩から指先までほどの長さの刃峰を持ち、細長く軽量に作られている。それを両手で用いる仕組みだ。
ゴアズが言う。
「離れてください。精術武具を起動します」
その言葉を受けて案内役の若者たちが距離を取る。同時にゴアズは精術武具作動のための聖句詠唱をする。
「精術駆動 ――鳴響刃――」
カークと異なり、ゴアズの聖句詠唱は静かだ。そしてそれに伴う精術の発動は穏やかに始まった。
――リイィィィィン――
まるで鈴虫が鳴くような音が鳴り響いている。その音の源泉はゴアズが手にしている二振りの牙剣から発せられていた。
声を発さずに牙剣を振るう。
右の牙剣を左から右に振り下ろし、左の牙剣を左の下から右の上へと振り上げる。伐採対象の巨木をくの字のように切断すると、ほどなくして巨木はゴアズから見て右手の方へと倒れていく。
そのさい、一切の力みはない。まるでカミソリで紙を裂いたかのようにすんなりと刃は木の幹を切断したのだ。
「すごい」
背後から声が漏れる。その声に答えるようにゴアズは告げた。
「私のこの牙剣は精術武具なんです。系統は歌精系、銘は『天使の骨』、音楽に使われる音叉のように共鳴することで様々な効果を発揮させます」
そして次の巨木へと移動して再び牙剣を振るう。
「鳴響刃は刃峰を極めて微細に振動させることで切断力を飛躍的に強化します。樹木程度なら造作もありません」
その言葉のとおり2本目も何の苦もなく切り倒してしまう。
「急いで斬り終えてしまいましょう。こちらを終えたら西側の本体の支援も必要――」
――と、そこまで告げたときだった。
「―――」
無言のままゴアズは右の牙剣を眼前で水平に構えた。そしてそのまま周囲に視線を走らせる。
「ひとつ、ふたつ、みっつ――ななつ――七人」
彼は何かを数えていた。
「この天使の骨には他の音や振動を感知する力もあります。こう言う状況のときは感知振動数を〝人間の心臓の鼓動〟に予め合わせておきます」
そして、左の牙剣を刀身の峰側を上にして前方へやや斜め下へと突き出した。さらに右の牙剣を刃先を左肩の上の方へと向けて振り上げる。
「こうすると隠れた敵がすぐに分かるので」
そして普段の温和な彼からは感じられないほどの鋭い視線で前方を睨みつけたのだ。
「射角指定、前方左右45度、前方上下60度、対象無指定」
まるで大砲でも撃つかのような言葉が紡がれる。静寂を持って周りが見守れば、ゴアズは新たな聖句を詠唱した。
「精術駆動 ――魔叫殺――」
そうつぶやくと左上方へと振り上げておいた右の牙剣を振り下ろし、前方へと突き出しておいた左の牙剣へと打ち据える。2本の金属棒を打ち据えて音を響かせる要領で天使の骨を打ち鳴らす。
――コォォォォォン――
実に耳に心地よい音が鳴り響くが、その音の本質は恐るべきものだった。
「魔叫殺の音は人間の脳神経に作用します。心臓を止め、呼吸を止める。その後には――」
――ドサッ、ザザッ――
人間が力尽きて倒れる音がする。それも複数。
「速やかなる死が訪れます」
目を凝らしてその者たちの姿を視認するが、その姿は明らかに黒装束であり以前にルストを襲ったあの者たちと同一だった。
「因果応報です」
ゴアズが告げた言葉はそれだけだった。そしてまたにこやかに微笑むと村の若者達へと告げた。
「さぁ、残りも終えてしまいましょう。この火災を鎮圧しなければ」
そう告げて再び牙剣を振るい始める。だがその時のゴアズの左手からはかすかに血が滲んでいたことには誰も気づいていなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!