旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

ワルアイユの誇りと魂

公開日時: 2021年6月13日(日) 21:10
文字数:2,082

 それは事実だ。メルゼム村長も青年団の代表も頷いている。否定の声は出ない。


「そしてもう一つが、トルネデアスの兵力が絡んでくる可能性です。これまで私的に集めた情報から判断してその可能性が極めて高いのです」


 そう告げれば村長が問うてくる。

 

「その根拠は?」


 私は淡々と答える。

 

「2ヶ月ほど前の哨戒行軍任務で、国境線沿いの荒れ地にてトルデネアスの手勢が調査活動をしていた痕跡を確認しています。査察部隊の皆さんは覚えてらっしゃいますね?」


 そう問えば答えたのはゴアズさんだ。


「覚えています。少数のトルネデアス兵が動いていた痕跡でしたね」

「はい、今思えばあれは、このワルアイユ領への進軍ルートの調査の一環だったと思うのです」


 ドルスさんが言う。

 

「やっぱりな――、あの暑苦しい時期にわざわざ砂漠超えするなんておかしいと思ったんだ」

「えぇ――そしてその他にも戦力強化に奔走しているとの情報もあります。トルネデアス軍は間違いなくこのワルアイユへと進んでくるはずなのです」


 アルセラが尋ねてくる。

 

「それはなぜですか? 帝国までこのワルアイユを襲う理由とは?」

 

 私は一つの推論を告げる。

 

「それがワルアイユ乗っ取りを企てる黒幕にとって一番都合がいいからです。地方の辺境領とは言えワルアイユは長年に渡り国境防衛に尽力してきた有数の防衛戦力です。領主や村長を指揮官として統率もとれ練度も高い」


 それは事実だ。歴代のワルアイユ領主が連綿と尽力してきたことなのだ。


「そのワルアイユを謀略をもって領地運営困難と見えるほどに混乱させるには、フェンデリオル内部の戦力を用いるよりは、長年の敵対国であるトルネデアス帝国の侵略軍をけしかけるのが一番手っ取り早い。大軍団で襲われてしまえば、故郷を死守するべく犠牲を覚悟で立ち向かうか、故郷を諦めて逃散するしかありません。そのいずれを選んでもミルゼルドの息のかかった制圧部隊には好都合でしょう」


 そこまで説明してアルセラが理解してくれた。

 

「つまり、フェンデリオル内部の勢力と、フェンデリオルの外部であるトルネデアス帝国軍よる〝挟み撃ち〟を仕掛けようとしている――と?」

「そのとおりです。そしてその密約の報酬となっていたのが――」

「そうか! ミスリル鉱脈資源の不正横流しですね!」

「はい、それで間違いないと思います」


 その時、カークさんが告げる。

 

「トルネデアスの砂モグラにゃ、フェンデリオルのミスリル物資は喉から手が出るほどほしい案件だ。トルデネアス領内ではミスリル資源は算出しない。ミスリルが必須の精術武具も作り得ないからな」

「そのとおりです」


 バロンさんも言う。

 

「我がフェンデリオルが国力10倍差をはねのけて200年に渡り係争継続が出来るのも、精術武具と言う〝切り札〟があるからです。例えば隔絶した兵力を相互に連携させることを可能にする〝通信師〟はトルネデアスには存在しない。通信師に必須の念話装置が彼らには作れないからだ。その事実を持ってしても、トルネデアスと我がフェンデリオルでは兵の機動性と連携行動に圧倒的な差がある」


 そこまで説明してもらえれば十分だろう。

 

「おっしゃるとおりです。だからこそ、今回の黒幕はトルネデアスが飛びつきやすい〝餌〟をばらまいたのです。このワルアイユを謀略の戦場とするために!」

 

 さてここまで説明すれば十分だろう。

 

「以上のことから考えても、このメルト村にこのまま残留するのはあまりに危険です。なによりこの村から移動しない限り形を変えてさらに強行的に襲撃される恐れもあります。村の建物や構造物を利用されて混戦になるでしょう。そうなれば市民義勇兵の人たちに犠牲は避けられません。村自体も居住地として使用することが困難になるでしょう」


 私は結論を告げた。


「残念ですが、メルト村を一旦放棄し西方の平原地帯へと移動し市民義勇兵部隊としての体制を整え直しましょう」


 やむを得ない決断だが、このワルアイユを故郷としている彼らにはあまりに辛い判断だった。だが彼らは聡明だった。今、すべき判断を間違えることはなかったのだ。

 青年団の一人が告げる。


「戦いましょう。〝西方平原〟で」


 女性義勇兵の一人が言う。

 

「村さえ無事なら再起は可能です」


 そして老齢の長老格の一人が言った。

 

「ワルアイユは国境の里――戦火にはなんども曝された。だが、そのたびに皆でやり直してきたんだ。なんども辿った道だ」


 彼らは目覚めていた。

 このワルアイユと言う土地に住む者としての〝誇り〟と〝魂〟に。そしてそれはみなアルセラが領主としてのあり方に目覚めたからに他ならなかった。

 アルセラが告げた。


「村を一旦放棄し体制を整え直します! 異論はありませんね?」


 否定の声はない。メルゼム村長が言う。

 

「ありません。領主様の決断に我々全員、従います」

「では――速やかに野戦対応の準備を開始してください!」


 さらにメルゼム村長が言う。


「非戦闘要員とその護衛担当は所定の避難箇所へと退避! それ以外の者はルスト隊長と領主様の指示に従え!」

「はい!」


 皆が毅然とした声で答えた。そして私は告げた。


「行動開始!」


 そして、戦いの準備は始まったのだった。


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