―精霊邂逅歴3260年8月5日夜―
―フェンデリオル国、西方領域ワルアイユ領メルト村―
フェンデリオルの西方領域の辺境、メルト村。今、村には紅蓮の炎が押し寄せようとしていた。
小麦畑が広がる山間地の片隅にメルト村はあるが、その北側には森林地帯が広がっている。独特の半乾燥気候に適した広葉樹が生い茂り、材木資源を提供していたのだ。
だがその生い茂っていたはずの木々には赤い炎が燃え盛ろうとしていた。
メルゼム村長を始めとして、屈強な男たちが繰り出していた。
「急げ! まだ類焼は止められる!」
その号令のもと村人たちの必死の消火活動が始まったのだ。
とは言え水をかければいいというものではない。
「村長、どちらから伐採しますか?」
村の青年団のリーダーを務める若者が指示を乞うている。
「火は北東の方からあがっている。森林地帯は東西に長い。西へと類焼が広がれば全域が焼け落ちる。まずは火勢を東側で食い止めろ!」
「はい!」
「それともう一つ」
メルゼム村長が更に告げる。
「林の東側は小麦畑に接している。畑に類焼したら最悪の事態になる。それだけは絶対に食い止めるんだ!」
「では二手に?」
「うむ――」
集まった人手は100人は居れば良いほうだろう。その中で伐採作業が出来るのは更に限られる。
そもそもこの時代の農村の火災消化で出来ることなどたかが知れる。精々が燃えるものを破壊し取り払う破壊消火が関の山だ。ましてや森林火災ならなおさらだった。
だから消火活動には人手がいる。そして作業を効率良く行うためには一箇所に集中させたほうが効率が良い。
「――やむをえまい」
メルゼム村長が苦渋の決断をしようとしている。西への類焼も、小麦畑へ類焼も避けねばならないのだ。
と、その時だ。
「待ってください」
査察部隊からドルスの声がした。
「木を切り倒す役目、俺たちにもやらせてくれねぇか?」
さらにはゴアズも言う。
「おそらくは放火をした襲撃者もまだ居るはずです。村民だけでは危険すぎる」
ダルム老も同意する。
「その通りだ。敵が潜んでいるだろう。東側を中心に俺たちが伐採と警戒を同時に行うってのはどうだ?」
そしてカークが言った。
「俺たちの中には精術武具を持っているものも居る。通常の伐採器具を使うより効率は遥かに良いはずだ。ぜひ協力させてくれ」
4人とも最前線で戦闘経験を積んできた武闘派だった。樹木伐採などは苦にもならないだろう。
村長は即断する。
「お願いします。我々は火災の西への類焼を食い止めます。皆さんには火災が小麦畑へと広がるのを阻止していただきたい。そのためには樹木の伐採や倒壊は自由に行ってくださって結構です」
その言葉にカークが答える。
「了解です。念の為、ギダルム準1級を西側に配置させてください。万一の戦闘要員ということで。それで良いな? ダルム爺さん」
「あぁ、異論はねえ」
そう答えながらダルムは愛用の巨大戦鎚を肩へと担いだ。
そして、カーク・ゴアズ・ドルスの3人が森林地帯の東へと向かう。その彼らを補佐するため十人ほどが案内役を務めることとなった。
「では、頼みます」
「あぁ」
メルゼム村長の言葉にドルスたちは簡素に返事を返して別れた。
そして森林地帯の火勢の様々な場所で彼らの〝戦い〟は始まったのだ。
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