旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

昼食会始まる ―アルセラの挨拶口上―

公開日時: 2021年11月14日(日) 21:10
文字数:2,230

 私が会食の間へとたどり着けば、そこには招待を受けた来賓たちがすでに着座していた。

 実はこう言う候族同士の改まった会食の場では、その家柄や家格によって着座する順番が厳格に決められている。

 今回招かれたのはワルアイユと領地を接する近隣領地の領主夫妻の方々たちだ。

 席順は、ワルアイユ領主であるアルセラとその後見人としての私を上座として、以下、セルネルズ家、ロンブルアッシュ家、ワイアット家、モーハイズ家と続く。

 序列を確定する要素は色々あるが、その会席の主旨や状況によってその都度変わるので確定には非常に神経を使う。

 今回の会食はワルアイユによるアルガルド討伐の成功と、前領主バルワラ候の労いと慰霊の意味がある。

 そのため今回はバルワラ候との付き合いの深さと、ワルアイユ家との結びつきの強さが序列の決め手となった。

 幼い頃からの親友であるセルネルズ家、アルセラのお母上のご実家筋にあたるロンブルアッシュ家、残りの2家は今回の祝勝会においての寄付や協力の規模が席順の理由となる。

 

 すでに席についている来賓たちを横目に小間使い役のサーシィさんを伴いながら私は席へと向かう。指定された席は上座の左手、テーブルに向かって上座の右手は会食の主催であるアルセラの席だ。

 会食の間にはルダンゴトコートの正装姿の男性使用人の近侍が複数待機していた。こんなに人数がいたのかと思わず驚きそうになるが、その顔をよく見ればワイゼム大佐と行動を共にしていた憲兵部隊の隊員たちだ。この手の会食の作法に知識のある何かを大佐が派遣してくれたのだろう。

 男性使用人の一人が私が着座する席の椅子を後ろに引く。そして、男性使用人の操作する椅子の動きに合わせてごく自然に着座する。

 私の席に着いたのを見届けてサーシィさんは一礼して会食の間から去っていった。

 

 そして――

 

 ついにいよいよ、その時がやってきた。


――カチャッ――


 小気味良い金具の音を立てて上座に近い位置の扉が開いた。そしてそこから姿を現したのはアルセラだ。

 両方の傍に執事のオルデアさんと、小間使い役を仰せつかっているノリアさんが控えている。着座の際に椅子を操作するのはオルデアさんの役目。

 淡藤色のロマンチックスタイルドレスを見事に着こなしながら、アルセラはヒールの音も静かに歩いてくる。

 その身のこなし立ち振る舞い、そして何よりあの時あれほど指導に苦労した猫背も完璧に修正できている。

 視線は踊らず必要なところを見つめていて、両手は遊ぶことなくお腹のやや下のあたりで軽めに指を組んでいる。

 その両手にはシルクのロンググローブ。そして、胸元には、あの〝三重円環の銀螢のペンダント〟が輝いていた。ワルアイユの歴代の領主によって代々引き継がれてきた家宝だ。

 引かれた椅子に位置を合わせて立ち、椅子の操作に合わせて無理なく腰をおろす。アルセラが着座して会食は始まった。

 アルセラが挨拶する。


「それでは皆様、早速ではありますが会食を始めさせていただきたいと思います。その前に我が父バルワラ・ミラ・ワルアイユの魂に対して黙祷を捧げていただきとうございます」


 今回の会食の主旨にはバルワラ候の慰霊の意味があるのは周知されている。オルデアさんが言う。


「それでは皆様、黙祷をお願いいたします」


 その言葉と同時に沈黙し軽く視線を落とす。1分ほどの沈黙の時間が流れてオルデアさんが再び宣言した。


「おなおりください」


 黙祷が終わり皆が顔を上げる。そしてオルデアさんが告げた。


「それではこれより昼食会を始めさせていただきます」


 テーブルの上にはすでに白パンのプレッチェンとライ麦パンがバスケットに乗せられて何箇所かに置かれている。手を伸ばして自由に取れるようにしてある。

 さらに各席の前には小ぶりなグラスの中に食前酒として金色に輝く紅玉りんごのシードルが香りの良い泡を弾けさせていた。

 まずは前菜が運ばれてくるまでの間、皆が思い思いに食前酒を手にして喉を潤している。やがて頃合いを見て会食の間の入口が開いて侍女たちの手で前菜料理が運ばれてくる。

 その前菜を各席へと出す役目は、男性使用人の近侍役をかって出たプロアだった。執事のオルデアさんと手分けして前菜料理を配膳していく。


「野菜と鶏レバーのゼリー寄せでございます」


 よく通る張りのある声でプロアの説明が皆の耳に届く。いつもはひねくれ気味の言い回しの声しか記憶にないので、こうゆう礼儀作法に則ったふるまいの彼というのは思いのほかに新鮮だった。

 前菜として出されたのは、彩り溢れた野菜と鶏レバーのゼリー寄せで酸味のある味わいが特徴だった。


 前菜を食べているその脇で、ワインの封が切られる。グラスに注がれたのは芳醇な香りを放つ白ワイン。ワルアイユよりさらに南方の山岳地帯で作られている銘柄だった。

 前菜を食べ終えると給仕役の方たちが空になった皿を下げてくれる。

 そして頃合いを見て次の料理が運ばれてくる。

 二皿目は温かいスープだ。


「じゃがいものクリームスープ、でございます」


 柔らかな甘みのある独特の舌触りのあるとても美味しいスープだ。

 会食の参加者の中から思わず思わず声が漏れる。


「美味い、やはりワルアイユといえばじゃがいもと小麦ですからなぁ」

「誠に」


 じゃがいもには色々な種類があるがワルアイユのじゃがいもはキメが細かく柔らかで、皮を剥いてよく蒸し上げるとバターの代わりになるとまで言われている。

 当然ながらそんなワルアイユのじゃがいもを使ったスープだ、舌触りは滑らかで喉越しも抜群だった。

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