ボルコフも自らの牙剣を振り上げながら叫んだ。
「殺っちまえ!」
その叫びとともに弓兵が矢をつがえて弦を引く。ゴアズに狙いを定めた瞬間だった。
「精術駆動 ――足すくみ――」
聖句を唱えるのと同時に両腕を交差させて斜め上へと振りあげておいた二振りの牙剣を一気に振り下ろす。ゴアズの眼前で交差した時、2本牙剣は激しく撃ち合って火花を散らす。
――ギギィィィィィィンッ!!――
そして、響いたのはひどく耳障りな金属音の残響だった。
「ぐっ?!」
「な、なんだ?! これはっ!」
私兵たちが口々に叫ぶ。走り出そうとしていた者は足を止め、弓に矢をつがえて居たものは定めた狙いを捉えられなかった。まるで見えない力に捉えられたかの様に。
「神経に作用する音で運動機能を狂わせます。すぐに回復しますが、あなた達を皆殺すには十分です」
そして、駆け出しながらさらに唱える。
「精術駆動 ――鬼啼きの剣――」
左の牙剣の刃を下に向け、右の牙剣の刃を上に向ける。そして、その状態で峰と峰を打ち付けて共鳴させる。
――ガアアアアンッ!――
まるで鬼の金棒を打ち付けあったような重い音だった。
その音を響かせたまま、対峙していた一人の私兵の男へと斬りかかる。
「まっ! 待――」
その彼の弁明は最後まで届かなかった。袈裟斬りに一気に両断したからだ。
流石にどんな鋭利な刃物と言えど、人間を骨ごと斬るのは無理がある。途中で刃物が抜けなくなるか、刃こぼれするかだ。
だがゴアズが握りしめている〝天使の骨〟は違う。
――ズッ!――
構えていた牙剣ごと、着込んでいた革鎧ごと、男の背骨ごと、一刀のもとに切り伏せる。
悲鳴があがる余裕もなく、その男は絶命した。
「うっ、うわあぁあああ!」
恐れおののく声が響く中、ゴアズはその両手の牙剣を更に振るう。逃げることも構えることも襲いかかることもできなくなっていた私兵たちをゴアズの両手の牙剣がなで斬りに次々に斬り伏せていく。その数、10を超え、20を超え、半数以上が物言わぬ死骸へと変わり果てるのはすぐであった。
「まだ残っているか」
周囲を見回すが、木々の間に身を隠している者も多数存在した。
「さすがに一人一人斬り伏せるのは面倒だ」
攻撃を封じ、退避不能に追い込んでいるとは言え、残りの数を木々の間に分け入ってまで斬って捨てるにはいささか手間がかかりすぎる。ならば一気に――
「射角・対象、ともに無指定」
ゴアズは左の牙剣を水平に構えた。
「精術駆動」
さらに右の牙剣を振り下ろして直角に打ち据える。
――コォォォォォン――
耳に心地よい音が響き渡る。だがそれは心落ち着けて聞く音色ではない。
「――魔叫殺・無制限――」
――コォォォォォン――コォォォォォン――
さらに何度も何度も打ち鳴らし、魔叫殺の音色を増幅させていく。
――オオオォォォォォン――
その音色が森の木々の間でも反響を繰り返す。木々から鳥が落ちていく。いつしか、その死の音色から逃れられる場所は失われていた。
――ドサッ! バタッ!――
まるで糸の切れたあやつり人形のように、私兵たちは尽く倒れて行く。あまりにもあっけないほどに人の命と言うのは刈り取られてしまうのだ。
もはや動いているのはゴアズとボルコフ以外にはなかった。2人きりの空間と成り果てていた。
ゴアズは天使の骨を打ち鳴らすのをやめる。そして、残る下男長ボルコフの元へと歩み寄っていく。
悲鳴混じりにボルコフが叫ぶ。
「く、来るな!」
「もう遅い、逃れるすべはない」
「うゎ、ひっ、ひぃぃいい!」
すくんで動かなくなっていた脚を引きずりながら後ずさる。ボルコフは苦し紛れにゴアズへと言った。
「く、狂ってる」
だがその言葉をゴアズは否定しなかった。
「そのとおりです」
右の牙剣を高々と振り上げる。
「私の心の中には〝狂〟と〝凶〟がある。299の仲間が天上へと召されたあの日から、敵対するもの全てを殺しても飽き足らないほどの私が潜んでいる。私はそれを必死になって抑えて続けている」
ゴアズが迫る中で、ボルコフはついに後ろのめりに倒れてしまう。もう逃げる場所はなかった。
「あの可憐な隊長は、こんなを私を知らない。だが、その心の仮面を引き剥がしたのはお前だ!」
――ジャリッ!――
再び足元の砂利を踏みしめながら、ゴアズはボルコフを見下ろすように立ちはだかった。そこに一切の慈悲は見ることはできない。ボルコフはついに最期の言葉を漏らした。
「た、助けて――」
だがゴアズは言う。
「黙れ、下郎」
怒りに狂気ばしった眼でゴアズはボルコフを睨みつけた。そして、天使の骨は振り下ろされる。
――ザンッ!――
ボルコフの頭部が真っ二つに切り裂かれ、血しぶきがふきあがり、ボルコフは絶命した。
それらは全てあっと言う間の出来事。
残されたのはまさにゴアズただ1人だ。
「敵対者処分完了、生存者ゼロ」
ゴアズのその形相は、震えるばかりの怒りに満ちていた。これこそが本当にゴアズという男が内に秘めていたものだったのだ。
だが、このままルスト隊長のもとへと戻るわけにはいかない。
ゴアズは無言のまま天使の骨を前方へとゆるく構えると互いに打ち付け合い始めた。
――コーーーン――
それは心地よさというよりは、荒ぶる魂を諌める音だった。
――コーーーン――
さらなる音が響く。まるで、そう『弔いの鐘』を鳴らすかのように。
――コーーーン――
天使の骨が鳴らす鐘の音が響くたびに、ゴアズの表情は穏やかなものになっていく。そして鐘の音を十数回ほど鳴らした時、ゴアズの動きが止まった。
「全ての荒ぶる魂よ、安らかに眠りたまえ」
そして、二振りの牙剣を一気に振って汚れを払う。
――ヒュオッ!――
然る後に両腰へと牙剣を収める。
「さて行くか」
淡々とした声でゴアズは語る。周囲を探せば乗ってきた馬が口から泡を吹いて倒れている。気絶しているだけで死んではいないようだ。
「すまんな、お前を巻き込んで」
ゴアズは地面に腰を下ろすと倒れた馬を優しく介抱し始めた。それからしばらくのちに馬が意識を回復するまでその場に留まっていたのである。
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