『し、知らん! わしは、わしはそんな指示は出していないぞ!』
それはまさに〝語るに落ちた〟瞬間だった。モーハイズ家の領主は笑い声を噛み殺しながら言った。
『君、それは何の冗談だ? そんなセリフ、官憲の連中に通じると思うかね? 実行犯なら物証が重要となる。しかし今回の場合、祝勝会の妨害を最初に指示した人物にも追及の手は及ぶはずだ。物証よりも証言を重要視してね』
そして意味ありげにこう語りかけた。
『君は今回の件で何を指示したんだろうね?』
『わ、わしは――、祝勝会の成功を阻止しろと――』
『そう。君はワルアイユ家のアルセラ嬢が、祝勝会を成功させるのを妨害しろと言ってたね。それも私以外の複数の人物たちに。自分以外を誰も信用できない君らしい振る舞いだ』
モーハイズ家の領主はため息を漏らす。
『だが、それが今回ついに裏目に出たんだよ。君が下した祝勝会の阻止――その指示を祝勝会にて致命的な破壊活動を行えと解釈した奴が現れたんだよ。そしてそれが今回の毒物混入へとつながった』
『わ、わしは関係ないぞ!? もしもそんな指示は下していない!』
この言葉にモーハイズ家の領主はついに笑い声を上げた。
『ははは、何を言っている? 今まで散々、他人の命を踏みにじってきた君じゃないか? あのアルガルドのデルカッツが善人に見えるようなほどにな。君はいつも自分自身が罪を被らないように、曖昧な言葉で、曖昧な指示を下していた。今君が吐いたようにね』
モーハイズ家の領主たる彼は通話の向こうの相手には積年の思いがあった。今まさにそれを告げようとしていた。
『思えば君には本当に苦しめられたよ。たった一度、たった一度だけ、領地運営のために資金を君の配下から借り入れただけだった。だがそれが地獄の始まりだった。君は法外な利息で我々に負債を負わせると。この西方辺境を意のままにするために私を内通者として仕立て上げた。そして様々な領地をあのアルガルドのもとへと併合させるための手助けをさせた。何度も、何度も!』
その言葉にはやるせなさと怒りとが滲み出ていた。そしてその怒りを今まさに叩きつけた。
『君がどんなに自分は無関係だと主張しても、今回の祝勝会妨害の首謀者は君であるということに違いはない。それにそもそも今回の祝勝会は賢人議会はもとより正規軍の中央参謀本部も注目している。行われた妨害がことごとく失敗し、しかもその証拠の全てがしっかりと抑えられている。そこへ持ってきて大量殺人未遂だ。軍警察も賢人議会も、君を見逃すと思うかい?』
通話の相手の彼は再び沈黙した。今度の沈黙は茫然自失としての沈黙だった。
『追及の手は必ず君に届くだろう。アルガルドはミスリル鉱脈を手中に治めるために敵国と内通した、それに加えて今回の大量殺人未遂だ。たとえ君が首謀者として認められなくとも、その道義的責任は必ずや追求される。それでもなお君は今の地位にいることができるだろうかね?』
モーハイズ家の領主がそう問い詰めた時だった。切羽詰まったかのように逆上してこう叫んだのだ。
『貴様も道連れだ! モーハイズ家を破滅させてやる! 生きていられると思うな!』
だがそれは脅しにはならなかった。通話相手の叫びをモーハイズ家の領主の彼はあっさりとかわした。
『なにそれには及ばんよ』
『なんだと?』
そして極めて落ち着いた声でモーハイズ家の領主はこう言った。
『私は今日限りでモーハイズ家の領主の座から降りる。家督も誰にも継承させない。モーハイズ家は今日限りだ』
それは彼がこれまでの犯した罪を清算するために覚悟して下した決断だった。
『な、なに? 何を言っている貴様』
『君がどんなに私を恫喝しようとも、その恫喝の理由となっている領地が無くなってしまえば、君に従う理由は無いからな』
『ま、待て! 今一度話し合おう!』
完全に立場は逆転した。今ここでモーハイズ家の領主がこれまでの経緯を中央政府や軍警察に全て打ち明けるようなことがあれば致命的な一撃となるのだ。
だがモーハイズ家の領主は言った。
『もはや君と話し合う余地はない。私はね目が覚めたんだよ。たった15歳のあんな小さな少女が、国境の戦場に立って、あらゆる艱難辛苦を背負い、ワルアイユと言う領地とその伝統を受け継ごうとしている。あんな小さな少女がだ。あれを見て私もやっと自分が何をしてきたかを思い知ったんだよ』
通話の向こうで必死の問いかけが続いている。だがそんなものに耳を貸す必要はもうなかった。
『私は罪を犯しすぎた。自分が生き残るためとはいえ、この界隈の人たちにあまりにも多くの苦難をもたらし過ぎた。私がもっと早く決断すれば、ワルアイユのバルワラ候も命を落とさずに済んだかもしれない。どれだけ後悔してもしたりないくらいだ。その意味では私も罪人なのだよ』
話すべきことは全て話し終えた。
『言いたいことは言い終えた。これで君とは本当に終わりだ。しかし皮肉だね、君が散々苦しめて家出までさせてしまったご息女が、あんな偉大な英雄になって君に鉄槌を下すのだからね』
『エライアか? エライアの事か?』
苦し紛れの問いかけが帰ってくるが、モーハイズ家の領主はそれを無視した。
『君もフェンデリオルの男なら、最後ぐらいは潔くしたまえ』
『――――――!』
通話の向こうから無様な叫び声が響くが、彼は通信師の彼女へと告げた。
「切ってくれ。そして今の番号を接続拒否として登録してくれたまえ」
通信師の彼女は回線を切ると入力をしておいた番号を受信拒否に設定した。
「通信終了しました」
「ご苦労」
通話を終えて静寂がもたらされる。領主の彼は傍らの妻へと語りかけた。
「すまんな。こういう結果になってしまって」
それは先祖伝来の土地を手放す結果になったことへの詫びの気持ちだった。だが彼の妻は言った。
「お気になさらないでください。あなたの苦しみと過ちを止めることができなかったという意味では私も同罪なのですから」
妻の言葉に彼は言った。
「ありがとう」
そして、長年支えてくれた執事にも告げる。
「領地に戻り次第、領主の座から退く。その上でモーハイズ家の領地をワルアイユ家へと譲渡する。そうすることでワルアイユは領地が増えることになり、候族としての家格も上がることとなるだろう」
候族にとって領地の面積というのは、その家の格を図る上で重要な尺度の一つとなる。さらにはワルアイユは辺境領として認められているので領地が増えて家格が上がれば、中級候族でも実質上級候属相当と認められる可能性も出てくる。それはワルアイユの今後にとっても極めて有利に働くはずだ。
執事もそれを押し止める理由はなにもなかった。
「承知いたしました。速やかに手続きを進めさせていただきます」
「頼むぞ。使用人はこの土地に残ることを希望する者はワルアイユ家にて働かせてもらえるように取り計らってもらう」
だがそこで執事は尋ねてきた。
「しかし、旦那様がたはどうなさるのですか?」
「私か? 息子たちが南部都市のモントワープで商売に成功している。わざわざ辺境の領地を継承せずとも立派にやっていける。以前から『領地を引き払い一緒に住まないか?』と言われてたんだ」
つまり彼はこの西方の土地から完全に姿を消すつもりなのだ。だがそこで意外なことを打ち明けた。
「ちなみに、2番目の息子の所が商業で大成功したらしく家格を急激に大きくしている。そのため使用人が不足しているらしい。息子のもとで商売の手伝いをするのも悪くないだろう。どうだね? 君も」
その言葉を耳にして執事の彼は言った。
「旦那様、お供させていただきます」
傍らの通信師の彼女も言った。
「私も同行させていただきます」
領主の彼は言う。
「良いのか? 私は候族としての身分も返上する事になるだろう」
「何をおっしゃいますか。私にとって主人とはあなた様おひとりです」
「そうか、これからも頼むぞ」
「御意」
それからのち、モーハイズ家からワルアイユ家に領地と家督の譲渡の申し出が伝えられることとなる。それから程なくしてモーハイズ家は廃絶となったのだった。
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