するとロンブルアッシュ家の当主の方が意見を述べた。
「なるほど、そのためにこのワルアイユの温泉を活用するというわけですか」
「はい、それが父が残してくれたこれからのワルアイユ領の新しき姿なのです」
「しかし、実現には乗り越えなければならない問題も多い。それはいかがなさるのですか?」
そういう疑問の声が上がるのは当然のことだった。物事をなすにはタダではすまないのだから。
「それについても目算はあります。お父様の残した資料には資金調達の計画にまつわる基礎調査もありました。
出資を募るにせよ、担保をもうけて借りれるにせよ、いくつかの案の実現の可能性を模索してみても良いと思うのです」
「素案があり、これから検討に入るというところですな」
「はい、父が生前の頃はアルガルドの問題があるがゆえに案はあれど、具体的な行動には入ることができずにいました。ですが今なら!」
アルセラの力強い声が響く。するとサマイアス候が同意の意思を示してくれた。
「機会さえあれば実現可能でしょう。そしてそれをバルワラ候も望んでおられるはずです」
その言葉に皆がうなずいていた。今は亡き先代バルワラ候、彼が残した智慧が、娘であるアルセラの意思を得て動き始めたのだ。
サマイアス候が言う。
「アルセラ嬢、あなたにその意思があるのであれば我々もぜひ協力させていただきたい」
ロンブルアッシュ家のご当主が言う。
「その通りです、この辺境領を立て直すためにも、ぜひ力添えをさせていただきたい」
モーハイズ家のご当主も言う。
「それに医療の向上だけでなく、医療施設が設けられることで関連する産業が起き人の流れも変わる。雇用も生まれ経済的にもさらに潤うでしょう」
ワイアット家のご当主も言った。
「地元出身の若者たちの中にはそれを機に医療を志す者も現れるでしょう。そうした者が将来この地に新たな医師として根付いてくれることもある」
そして最後にまとめるようにサマイアス候が述べた。
「まさにこの周辺地域すべてを大きく変える可能性を秘めた百年の計と言うに相応しい。いかがでしょうかな? ルスト隊長」
サマイアスが私に声をかけてくる。無論、反対する理由はない。
「私も素晴らしい意見だと思います。そのためにもアルセラ様ご自身にも色々と学んでいただかなければならないと思うのです。次期当主として必要な素養を身につけるためにも」
アルセラは自らの意思で父親の残した有形無形の遺産を早くも活用していた。彼女はすでに領主のなんたるかを理解し身につけつつあったのだ。今日のアルセラの見事な振る舞いの数々はまさにその表れだった。
サマイアス候が皆へと問う。
「いかがでしょう皆様? 本計画への協力を今後に渡り行うというのは?」
すると即座に答えは返ってきた。
「異議なし」
「同じく」
「同じく異議なしです」
意見は出揃った。反対する者は誰もいなかった。計画が承認されたと言う事でもあったが、アルセラがその中心となるということに誰も異議を唱えなかった――という事実は何よりも極めて意味があったのだ。
「皆さま、ありがとうございます!」
そう答えるアルセラの顔には笑顔が浮かんでいる。
「草葉の陰で父も喜んでいると思います」
彼女がそう述べると来賓たちから拍手が起こった。今こそバルワラ候が残した無形の財産は、アルセラの力となって動き出したのだ。新領主としての初めての大仕事として。
「良かったわねアルセラ」
私がそう語りかければアルセラは綻んだ笑顔で頷いていたのだった。
その時、執事のオルデアさんが皆へと告げた。
「皆さま、本日の懇親会の予定はこれにて終了とあいなります。ご参加誠にありがとうございました」
オルデアさんが恭しく上体を傾け礼を述べ、アルセラもそれにならって頭を下げた。そしてさらにオルデアさんが言う。
「本日はこれにて解散とあいなりますが、明日の早朝、前ご領主であられます故バルワラ・ミラ・ワルアイユ候の略式葬儀を行いたいと思います」
略式葬儀、これについてはアルセラが事情を説明した。
「正式な葬儀は、祝勝会終了後の片付けや雑事が終わった後に日を改めて執り行いたいと思います。ですが今回、ワルアイユに縁の出来た方々がこの地におられる間に、先に墓所への埋葬を兼ねて別れの儀を行いたいと思うのです」
これもまた現実だった。正規軍人の方々、職業傭兵の人たち、来賓たちに、私たち査察部隊の面々。いずれもこの土地を立ち去ってしまう。ならばその前に略式で葬儀を執り行うのは当然だった。
「喪服等は結構ですので、万障お誘い合わせのうえご会同いただけたらと存じます」
「集合場所はこのワルアイユ家本邸に朝9時となります」
伝えることは伝えた。懇親会はこれで終了となる。
「それでは皆様、お疲れさまでございます」
その言葉を合図に来賓たちが立ち上がり、各家ごとに別れて少しずつ退出していく。アルセラも立ち上がり丁寧に頭を下げて感謝の意思を示していた。
そして、来賓たちが帰路につき出立を見送るまでが領主としての大切な役目だ。
挨拶と感謝の言葉を残しながら来賓たちは去っていく。その姿が見えなくなるまでアルセラは毅然とした態度を崩さなかった。だがそれも、強い意志あってのことだ。
「行った――」
全ての来賓が馬車に乗り出立し、姿が見えなくなったってその時だった。そうポツリと漏らしたかと思うと、不意によろめいて倒れそうになる。
「アルセラ?!」
私は慌てて駆け寄りその体を抱きとめてあげる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ちょっと、ちょっとだけ疲れただけです」
「もう! 無理はダメよ?! いざとなれば私が名代になって代理となる方法もあるんだから」
「そんな、これ以上お姉さまのお手を煩わせるわけにはいきません」
「気持ちはありがたいけど、本当に無茶だけは駄目だからね?」
「はい、お姉さま」
やや疲れを顔に浮かべつつもアルセラは気丈に振る舞っていた。これほどの頑張りを見せたのならば評価してあげるのが当然だろう。
私はアルセラに言った。
「立派だったわよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「中で少し休みましょう。後のことはみんな何とかしてくれるわ」
明日になればまた新たな役目が待っている。ならば休める時に十分休んでおくのも必要なはず。
受け止めた彼女の体を抱き寄せたまま私は歩き出したのだった。
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