――ブオッ! ブオッ! ブオッ!――
デルカッツが放った炎を、わたしは休むこと無くかわし続ける。
確かに当たればひとたまりもないし、あれを連続で放てるデルカッツと言う男の胆力と技量は凄まじいものを感じる。だが、敵軍が放ったマスケット銃の弾雨や火竜槍の鉄矢の猛攻と比べたら、まだまだあまい。こんなもの猛攻のうちには入らない。
さらには彼が精術武具をフルに使い始めた以上、こちらも遠慮する必要はない。
むこうが火精系ならではの火炎攻撃を繰り広げるのであれば、私は地精系ならではの技を披露するしか無い。
「精術駆動! 高速慣性制御!」
私が聖句を叫べば、右手に握りしめていた〝地母神の御柱〟が青白く輝き始める。
そして、その光は戦杖に竿をつたい、私の手へと届く。そしてまたたく間に私の全身を包みこむ。
しかるに全身で自分自身が動こうと思う方向を強く意識する。すると私の体は自らが走るよりも遥かに早く飛び出すように動き出した。
――ヒュウッ――
風をまとい、風を引き寄せながら私は空を舞う。その動き、まさに蜂か蝶のごとし。
かたやデルカッツはなおも炎のアーチを放ち続けている。私の逃げ道を塞ごうとその動きは更に激しさを増す。
「くっ! おのれぇえ!」
額から汗をかきながら紅蓮の神太刀をさらに激しく振り続ける。一発一発間を置きながら放たれていた炎は5つも10も同時に放たれる。その炎の密度こそが彼自身の持つ〝野望への執念〟にほかならないだろう。
「燃えつきろ! 小娘ぇ!」
だが――
――ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュッ――
私はそれをかわし続ける。まるで風の妖精か幽鬼のように。
慣性――物体が動いて、そしてそれを止める時、物体は動き続けようとする。逆に、静止している物体は力を加えられても、そこにとどまり続けようとする。これを慣性と言う。
私が駆動させた精術は、私自身の肉体に発生する慣性を人為的に操作するものだ。
だから――
――ゴオッ!――
私の眼前に一条の炎のアーチが迫る。そのまま前進すれば回避はできないだろう。だが、私にはそれを可能にする物がある。
――ヒュッ――
デルカッツの方へと向いたまま直進した軌道を、右真横90度へとスライドさせる。既のところで、飛来してきた炎のアーチを3つほどかわしてみせる。
「くそおっ!」
デルカッツが悔しげに声を漏らす。
対する私は、猛烈な密度の火炎攻撃をかいくぐり一気に肉薄する。
「もらったっ!!」
地母神の御柱を左肩の上の方へと振りかぶり、一気に叩きつける。
「なめるなぁっ!」
敵を討ち果たすと思ったその時、デルカッツはさらなる奥の手を繰り出した。
「精術駆動」
紅蓮の神太刀を握りを上に、剣先を下に、縦に構えると聖句を唱える。
「火炎障壁!」
――ボオッ!――
紅蓮の神太刀を芯にして炎の障壁が生み出される。私は自らを急制動させる。その瞬間を突いてデルカッツは再び攻撃に転じた。
「精術駆動! 業火の槍!」
その声が火炎の障壁の向こうから聞こえた時、私は危険を感じて慣性制御を急作動させる。強引に一気に勢いよく後ろへと移動する。それと同時に火炎障壁を突き破り、吹き出してきたのは濃密な柱状の火炎塊、すなわち『炎の槍』だ。
――ゴオォッ!――
私の急移動と、デルカッツの炎の槍の突出、それが絶妙なところで私に迫ったが、髪の毛を数本焼いただけでギリギリでコレをかわした。だが、私はまた一気にやつとの距離を離れざるを得なかった。やつが繰り出す流れるような火炎攻撃の連携――これを攻略しないと致命的一撃すら与えることはできない。
「おのれ!」
デルカッツから距離をとって着地する。次の攻撃の布石を思案しようとしたその時だった。火炎障壁を解除したデルカッツは言う。
「かかったな、小娘」
「なに?」
私のつぶやきを待っていたかのように、デルカッツは聖句を告げる。
「精術駆動! 赤い絨毯!」
その言葉とともにやつは紅蓮の神太刀の剣先を床へと突き立てた。次の瞬間、そこから周囲へと大広間の床が一気に燃え広がる。
――ゴオオオオッ――
それは床一面に炎を広げる技だった。足場を奪い、退路を奪う、ましてやこの密閉された空間ではまたたく間に炎は部屋一面に燃え広がるだろう。私は叫ぶ。
「何をしている! お前も焼け死ぬぞ!」
「ふん! 紅蓮の神太刀の所有者であるワシは炎ごときで絶えることはない! ワシは無傷よ!」
精術の基本として精術で攻撃したとして、その術をかけた本人自身は攻撃から除外される――と言うのはよくある要素だ。
攻める手段を考えあぐねている私に、デルカッツは叫んだ。
「それにだ、この部屋はワシが火炎の精術を駆使する上で屋敷の他の部屋に燃え広がらぬように特別に作り上げた空間だ! 更には炎の精術の効果を最大限に引き出し中に居る者を完璧に焼き殺す! ワシ自身を除いてな!」
その叫びとともにやつの高笑いが聞こえた。
「死ぬのはお前だけだ! 小娘!」
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