私は一人馬にまたがりのんびりと帰ることにした。
「一時はどうなることかと思ったけど」
アルセラが全てを投げ出し逃げ出してしまうのではないかと思った。だがそれが杞憂に終わっただけでも僥倖と言えるだろう。
星明かりと月明かりの下で馬をゆっくりと歩かせる。遠くに村の灯が見える。それを眺めていたが村の方から一頭の馬に乗った男性の姿が見えてきた。
「あれは?」
果たして一体誰なのかと目を凝らしていれば、正規軍人の制服に身を包んだ人間だとわかった。
そのがっちりとした大柄で特徴的な体格から誰であるかすぐに分かった。
「ワイゼム大佐?」
私は手綱で、馬に軽くムチを入れて走らせると大佐の元へと近寄った。
「大佐!」
私の声にワイゼム大佐は頷いている。
「ルスト君! ご領主の特訓は終わりかね?」
「はい! なんとか形になりました」
「そうかそれは良かった」
夜空の下に大佐の力強い声が響く。として大佐からも私の方へと歩み寄ってくる。大佐はここに来た理由を明かしてくれた。
「君が一人だけで馬を走らせたと聞いたのでね。女性の夜道の一人歩きは何かと危険だ。それで私が迎えに来たのだよ」
「ありがとうございます」
正直言うと、何も起きないとは限らない。一人で帰るのは心細かった。それだけに大佐のように信頼のおける人の出迎えは何よりもありがたかった。
馬の向きを変える大佐の脇に私の馬を並べる。そして歩調を合わせて私たちの馬は軽快に歩き始める。
「改めてお出迎えありがとうございます」
私のその言葉に大佐は笑いながら言った。
「何、あれだけの武功をあげた君だ。仮に暴漢に襲われてもなんとかなるのではとは思ったのだが、それはそれで君の手を煩わせるのも失礼だと思ってね」
「もう! 大佐までそういうことをおっしゃるのですか」
「ははは。冗談だ」
ワイゼム大佐は性根が明るい人だ。ベルクハイド家と言う高貴の出であるのにそういう所を微塵も感じさせない。それでいて物事に対するしっかりとした見識がある。軍内でもその人望はとても厚かった。
「いよいよ明日だな」
「はい。泣いても笑っても明日で全てが決まります」
「そうだな」
その時大佐は、私たち二人だけの場所で本音を吐露した。それも意外な本音を。
「それにしても、口惜しいばかりだ」
「えっ?」
私が思わず漏らした疑問の問いかけに大佐は静かに答えてくれた。
「私は軍人だ。国のため民衆のために戦場で武器を取り侵略者を撃退し、この国を守るのが役目だ。それは小さな地方領だったとしても変わらない」
「はい。よくわかります」
「だが、その戦いの最後の決着が戦場での戦闘の結果ではなく、守るべき領地の後継者である一人の少女の双肩にかかっているというのは、なんとも歯がゆいばかりだ」
言わんとしていることは分かっている。
「おっしゃることはよくわかります」
それで私も本音の一部を明かす。
「私も同じ気持ちでしたから」
「であろうな。同じような意見は正規軍の士官や兵卒、職業傭兵達にも広がっている」
「やはり――」
「うむ」
私の返事に大佐は頷いた。現場の人間の不満というのは意外といつまでもくすぶり続ける。もし万が一、アルセラへの領主継承が不首尾に終わったら、その不満は現場ではなく軍上層部や政府筋の役人へと必ずや向かうだろう。
大佐は言う。
「だからこそだ。皆、明日の祝勝会を何としても成功させてやりたいと思ってるのだ。その思いで皆が一丸となって動いている。そうでなければ戦場で命を落とした17人に申し訳が立たん」
「大佐――」
思わず聞こえてきた大佐の熱い言葉。
今回のワルアイユを巡る戦いで何をもって勝利とするのか? それを考えた時に答えはひとつしかない。
「この戦いで何をもって最終的に勝利とするのかといえば、やはりこのワルアイユ領の次世代への継承を成功させてこそ本当の勝利と言えるのではないでしょうか?」
「全くもってその通りだ」
その言葉にワイゼム大佐がなぜメルト村に残留してまで助力をしようとしているのかが伝わってくる。
戦死した17人の命、それはまさにこのワルアイユの里を亡きバルワラ候から、新領主であるアルセラへの継承を成功させてこそ浮かばれるのだ。
その時、ワイゼム大佐は神妙な声で語り始めた。私はその言葉に耳を傾ける。
「実はだな、今回のワルアイユ領の新領主の承認に関して、厳格な審査が厳命されたのは国の最高意思決定機関である【賢人議会】からの意向だと私を睨んでいるのだ」
賢人議会――、それは国王や皇帝と言った国家元首を持たないフェンデリオルにおいて最高意思決定機関であり、国の最高の地位にある人々だ。それだけに彼らの発言力と影響力は絶大だった。
私は疑念を込めて言う。
「賢人議会が? こんな辺境領の継承問題に首を突っ込むのですか?」
驚くしかないが、分からなくもない。それほどにこのワルアイユと言う場所は極めて重要な場所なのだ。
私が出した疑問の声に大佐は驚くような答えを出してくれた。
「これは私の推測だが、今回のワルアイユ動乱にはアルガルドの者たちよりもさらに上の存在が隠れていると睨んでいたのだ」
「それは私も存じてます。すでに一部ではアルガルドの上位親族であるミルゼルド家を怪しむ声があると聞いています」
「私もその疑念は耳にしたことがある。本当にそうだろうか?」
それは物事を広い局面で見ることのできる大佐だからこその言葉だった。
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