そして場を変えて会食場、黒茶とケーキと言うメニューで軽い会食へと移った。
来客たちは楽しい会話の一時を持とうとしていた。。
アルセラや私を交えて会話が続く。
こういう時の女性というのは端から見ても、よくもまあ話題が続くものだと呆れるほどに会話が続いた。
たくさんの話題が交わされる中で、ワルアイユのこれからと周辺領地の復興に、話題の中心が移っていく。当然その会話はワルアイユにとっても、アルセラ自身にとっても、これからを考える上でとても重要で避けられないものだった。
当然ながら、会話のやり取りを間違えれば10年20年と後を引く禍根を残すことになりかねない。
えげつない話だが、こうした会話の中で誰が今後のイニシアチブを握るかを、嫌でも意識しなければならない。候族と言うのはこういう露骨でえげつないやり取りも日常的にこなしていかなければならないのもまた一つの現実なのだ。
思えば、祝勝会を開催する上で周辺領地から多くの援助が寄せられたというがこれもまた今後の発言権を左右する思惑があったとしても不思議ではない。
さりげなく祝勝会の事を口に出し、牽制する人もいたが、今後の事を左右する最も重要な話題を切り出したのは誰であろう、齢15になったばかりのアルセラだった。
アルセラは改まって真剣な声でひとつひとつ確かめるように語り始めた。
「実は、この場でお話しておきたい提案があるのです」
その言葉に反応したのは隣接領地でワルアイユと最も交流の多いセルネルズ家のサマイアス候だった。
彼はすぐ隣の領地で、先代領主であるバルワラ候と昔から付き合いがあったこともあり、アルセラの事を親身になって支援してくれていた。
サマイアス候は言う。
「ご提案とは?」
「はい、実は私は生前父から聞かされ続けてきたことがあります。それは父のある意味悲願であり、このワルアイユ並びに西方辺境領域全体の発展のために無くてはならないものだと強く信じ続けていたものでもあります」
意味深な語りはじめに皆の視線がアルセラの方へと向く。それを意識したアルセラは我が意を得たりとばかりに自らの考えを述べ続けた。
「その父の生前の言葉を思い出した私は、遺品整理かたがた父の残した資料や書類を整理しつつあるものを見つけ出しました。生前の父には、今後のこの地域の復興の要として〝医療〟を中心に据える構想があったんです」
「医療ですと?」
「ほう、それは?」
皆からの問いかけに座の視線はアルセラへと集まっていく。その視線に答えるかのように彼女は切り出した。
「今回の祝勝会を始める前にルスト様にはワルアイユの温泉のお湯を使っていただき、その美に磨きをかけていただきました。元からお美しいルスト様ですが、さらに美しくなったのはここにおられる皆様でしたらお分かりのことだと思います」
これにはちょっと驚いた。アルセラもお世辞のような言葉を口にできるのだとは夢にも思わなかったから、尚更だった。
「私もこの郷で生まれ育ちました。このワルアイユの温泉のお湯の効能は身をもって味わっております。それらのことを思い出した時、生前のお父様がその事に着目していた事を思い出したのです」
アルセラも彼女なりにこの会食の重要性を察して、色々と調べたのだろう。流石に私も興味をそそられていた。
「この周辺の土地にて医療が懸案となっているのは周知の事実ほです。巡回医師しか頼れず、薬の行商人も到達が困難なこともあります。それが今回のアルガルドにまつわる一件で極めて重篤な事態が引き起こされたことは皆様もご承知のことと思います」
「確かに」
サマイアス候がアルセラを後押しするように相槌を打つ。
さらにワイアット家のご領主が語り出す。
「あの時は我々のところでも非常に困った事態が起きました。手前どもの領地では常駐医師が2名いるのですが、アルガルドの問題から様々な要因から患者数が急増し負担が過剰となり、医師が倒れてしまいました。それにより現在でも領内の医療状況は過去最悪なものになっています」
それを受けて他の領地の方々も一様に頷いていた。薬の流通の減少、巡回医師の不足、他の地域からの患者の流入、医療というのは複数の地域で密接に関連している。どこか一つのエリアが医療がまともに機能しなくなればその歪みは他へと波及するのだ。
アルガルドが行った医師への妨害というのはそれほどまでに罪が重いのだ。
場の空気が重く深刻なものになる。だがその空気を追い払うかのようにアルセラは力強く誇りを持って皆へと告げた。
「そこで、私がこの場で提案したいのは温泉保養による〝転地療養〟を目的とした医療サナトリウムの設立です」
「ほう」
「サナトリウムですか」
「それは思い切ったことを」
「しかし、それがどうこの地域の医療につながるのですか?」
会食の参加者から疑問の声が上がる。だが故バルワラ候が残した智慧は抜かりはなかった。
アルセラもお父親が残された資料を基に自分なりの意見を考えたのだろう。淀みなく滔々とアルセラが言葉を述べた。
「お父様はこの土地に医師がなかなか定住してくれないその最大の理由として〝経済的に成り立たない〟と言うのがあると考えていました」
そうだ。僻地医療はこれが一番の問題になるのだ。場所によっては患者からの医療費の支払いでは足りず、領主が貯蓄を取り崩して医師に生活費を払っている場合もあると言う。
「大きな街から遠くまた患者の数もそう多くは望めない。医療というのが無償の慈善事業でない以上、利益が上がらなければ続けていくことができないのは当然とお考えになられたのです」
そして間を置かずにアルセラは核心を述べた。
「しかし世の中には、長期間の転地療養を必要とする人たちがたくさんいます。また温泉を用いた湯治治療というのもあります。温泉による治療を用いた転地療養施設を設けることで、医療に携わる人たちの生活の質を上げることができるのです。そしてそれをこの地域の医療拠点とすることで、この西方辺境に医師の常駐を可能にできるはずなのです」
それは故バルワラ候のやり残しの仕事に他ならなかった。本来は現実の可能性すらおぼつかないはずだった。だが、それは今、ワルアイユの未来を切り開く切り札となった。
新領主として覚悟を決めた息女アルセラの強い意志が加わることで、今まさに新たな希望へと形を変えたのだった。
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