そして、象使いの少年のホアンに頼んでいた事があった。
『おねえさん、準備できたよ』
背後から声がかけられる。戦象として徴用された6頭のうちの1頭をつれて来たのだ。
『村の人に水を飲ませてもらって象も落ち着いた。いつでも乗せてあげられるよ』
『そう、何人まで乗れる?』
『僕を含めて6人まで行ける』
『それじゃ――』
私は周囲を見回し人数を数える。
『私とあなたとあと二人、4人乗せてもらうわね』
『わかった!』
そしてホアンは右手にもった杖で指し示しながら象へと指示を与える。
『カンドゥラ! おいで』
名を呼ばれた象がおとなしくホアンの前に歩み寄ってくる。その雰囲気には剣呑なところは何もなく、そのつぶらな瞳が人間以上に感情を訴えてくるように私には見えた。
『座って! よし、いい子だ』
ホアンが杖と手で与える指示をカンドゥラと言う象はきちんと理解してる。全ての足を畳んでおとなしくしゃがみ込んだ。
『もうこれで乗れるよ』
『ありがとう、それじゃ――』
私はアルセラと通信師の少女の一人へと視線を向けて告げた。
「この象に私ととも乗ってください」
そう告げるとふたりとも顔がひきつっているのがわかる。
「時間がありません、急いでください」
そしてホアンにも語りかけながら乗り始める。最初がホアンで、その次に私、3番めに16歳の通信師の少女が乗り、最後がアルセラ――と言うことになったのだが――
「きゃ、こ、怖い――」
「大丈夫よ! 噛んだりしないから! ほら! しっかり!」
――見たこともない巨大生物にアルセラはすっかり腰が引けてしまっていた。乗せるのに正規軍人の人たち4人がかりで手を借りる羽目になった。
「いいですか? 抱えあげますよ!」
「そっち抑えて! 上、引っ張ってください!」
「すいません! おしり下から押しますね」
「そら! もう少し!」
それでもどうにか彼女を引き上げる。
『しっかりつかまってて! 立たせるよ! カンドゥラ!』
象は少年の言葉がわかっているかのようだ。
――ヴォォォォォッ――
鼻全体をラッパのように響かせ音を鳴らして意思表示をしながら立ち上がる。その際に背中に乗った私たちが落ちないようにと、前後左右に過度に傾かないように慎重に立ち上がったようにも見えた。
私はホアンに言う。
『賢いのね、この子』
『うん、僕たち人間の言う言葉はわかってるんだ。それに、優しくされた事も、ひどい目に合わされた事も、ちゃんと覚えてる。だから――』
ホアンは象の頭をなでながら言う。
『助けてくれたおねえさんたちのことも、ずっと覚えていると思うよ』
恩を忘れない――、それは本来、人ならば当然のことだ。だが、それができない人間がどれだけこの世にいるか。私もホアンに習って象のカンドゥラに声をかけた。
『大変な仕事だけど、頑張ってね』
その時だ。
――グラガアガアグラ――
鼻全体を震わせるようにして音を鳴らした。それは威嚇と言うよりも挨拶をしているようにも笑っているようにも聞こえる。ホアンが通訳をしてくれた。
『〝まかせろ〟だってさ』
温かい雰囲気が漂う中を、象の巨躯が立ち上がる。その背中からの光景は戦場の遥か彼方まで見通せる。そしてそれはすなわち向こうからも見えるということなのだ。
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