そしてさらにプロアは言う。
「俺は俺の考えだが、おそらくは今回の祝勝会での〝戦い〟はすでに始まっていると思う」
パックが言う。
「権謀術数ですな」
「ああどういう手が繰り出されてくるか見当もつかない。だからこそだ、みんなくれぐれも気を抜くなよ?」
カークさんが言う。
「おう」
ゴアズさんが言う。
「任せてください」
ダルム爺さんが言う。
「小粋なひとときを楽しもうっていうのにそれを邪魔する奴は絶対に許しゃしねえよ」
ドルスが場を締めるように言った。
「泣いても笑ってもこれで最後だ。胸張って堂々と迎えてやろうぜ」
その言葉に皆が頷いた。今まさに祝勝会での戦いが始まろうとしていたのだった。
† † †
そしてそれから私たちはそこで一旦お開きになった。政務館へと一旦戻り、時間まで待機することになったのだ。
再び数台の馬車に分乗して走り出す。
私はその時あることに気づいた。
「アルセラ、ちょっといい?」
私はアルセラに尋ねる。アルセラはにこやかに答えた。
「何でしょう?」
「あのね」
わたしはその疑問を言葉に出した。
「この村にこんなにたくさんの【クラレンス】って有ったかしら?」
乗用馬車はキャリッジと呼ばれるが、その中でも屋根付きでなおかつ風通しを良くするガラス窓がついている物はクラレンスと呼ばれる。もちろん安いものではなく富裕層や比較的余裕のある侯族階級の人たちが用いる物なのだ。
そんな私の疑問にアルセラはにこやかに答えた。
「いいえ、私の家にはクラレンスは一台だけです。あとは二人乗りのブルームや、村の人達にも提供している大人数用のオムニバスくらいです」
「じゃあなんでこんなに?」
「それはですね」
エライアは邪気のまったく無い天使のような笑顔で答える。
「近隣の隣接領地のご領主の皆さま方がご提供くださったからです」
それは当然の状況だった。むしろ、そうならない方がおかしいと言える。
「あ…… もちろんそうなるよね」
「はい、ルストお姉さまや査察部隊の皆様が移動するのに必要だろうとお貸しくださったんです。
今回はセルネルズはもとより、ワイアット、ロンブルアッシュ、モーハイズ、その他にも大小合わせて10近くの侯族家の方々がいらっしゃってます。お姉さまがたがワルアイユに滞在する間に使ってほしいとお申し出が有ったんです。今回の祝勝会を催すにあたってのご寄付や飲食物のご提供も頂いてます」
それは至極当然の話だった。むしろこういう場において、どれだけ寄付が出せるかは今後の政治的な発言力につながってくる。何もしないわけにはいかないのだ。
実は今、アルセラが口にした侯族家の家名は西方領でも有数の中級以上の侯族の名前だ。いずれもが中央の上級侯族十三家と繋がりを持ち州政府にも議席を有している。中央議会にも参与した人も居るはずだ。
想定はされた話だったので心の中での覚悟はすでにできていた。だが改めて目の当たりにすると臓腑の中をギュッと掴まれたような感覚に襲われる。
こういうのはいつになっても慣れるということはない。
「とうとうきたか」
私が放った言葉にアルセラは苦笑しながら言葉を返してくれた。
「無敵のお姉様も不安に怯えることがあるのですね」
アルセラの思わぬ本音の言葉が続く。
「お姉さまの存在は、私たちワルアイユが領民とともに西方国境への脱出を行ったときから、周辺領域には噂となって広がっていました。
私の父バルワラが急逝した噂とともに、私アルセラを支えて村の混乱を鎮め、市民義勇兵を統率して西方平原へと脱出、さらにはフェンデリオル正規軍の兵士や大人数の職業傭兵たちを糾合して防衛部隊を結成、あまつさえトルネデアスの越境侵略軍を撃退し、ついにはあのアルガルドを討伐――、それだけの事をなしたのであれば嫌でも武名はとどろきます。
ましてやこの界隈ではアルガルドに苦しめられていた者は数え切れません。領地を奪われ、家を潰され、財産を取り上げられ、あまつさえ親族を殺されたものも居ます。それを解決なされたとなれば会いに来るなと言うのは土台無理な話です」
「そうよね。どう考えたってそうよね」
彼女は私を励ますようにこう言ってくれた。
「お姉さま、最後まで一緒に頑張りましょう」
「ええ、もちろんよ」
そう語りながら私はアルセラの右手に手を伸ばすとしっかりと握りしめた。
「頑張りましょう」
「はい!」
そして馬車は政務館へとたどり着く。
馭者がタラップを開いて私たちが降りる準備をする。
扉が開かれ外の空気が馬車の中へと入り込んできた。
政務館の入口手前では、使用人たちがそれまでは比べ物にならないくらいの人数で私たちを出迎えてくれていた。
「お帰りなさいませ!」
人数にして20時以上あるだろう。それが一糸乱れず一斉に出迎えの挨拶を行なったのだ。それはまさに勇壮そのもの。
一番最初に降りるのは主催であるアルセラ。今日は何事にもおいて一番最初になるのが彼女だ。
次いで話、エスコート役の二人が間を置かずに降りてくる。すぐにエスコート役の彼の左肘が差し出され私たちはそれにすがった。
政務館のエントランスでは、他の候族と思わしき人々が既に訪れていた。無論私達の到着に一斉に注目している頃だろう。
さぁいざ行かん、戦いの場へと。ワルアイユの独立と、代々継承されてきたその魂を守るために。
今こそ戦いが始まったのだった。
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