■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――
『お姉さん、どこまで下がればいい?』
ホアンが私――ルストに問うてくる。私は丁寧に告げる。
『そろそろ止まっていいわよ――』
私は正規軍人の方たちから借りた望遠鏡を手にトルネデアスの軍勢を眺めていた。
『――相手側の動きが止まったから』
『分かった。お姉さん』
そしてホアンが象のカンドゥラに指示する。
『カンドゥラ! 止まって! そのままじっとしてて!』
ホアンが棒でカンドゥラの頭を軽く触れながら告げる。するとカンドゥラはまた鼻を鳴らしながらその歩みを止めた。
一方で冷静に前方を見つめればトルネデアスの軍勢がその動きを止めようとしていた。
私は叫んだ。
「気づいても遅い!!」
そして、後ろに控えている通信師の少女へと告げた。
「左翼後衛、弓部隊に打伝! 一斉掃射! 準備!」
「左翼後衛! 一斉掃射、準備願います!」
そう、まさに反撃の時――
「撃てぇ!!」
私の叫びが通信師の念話を通じて左翼後衛へと中継される。そして私たちの頭上を通り過ぎていったのは――
――ヒュン、ヒュン、ヒュヒュン――
――無数の矢の群れ。
ワルアイユの市民義勇兵の弓兵部隊が放った弓矢だった。そしてそれを率いているのはフェンデリオル軍随一と謳われた狙撃手――バルバロン・カルクロッサその人だったのだ。
■左翼後衛、部隊長バルバロン・カルクロッサ――
そして、中翼部隊の後方に待機していた者たちが居る。
ワルアイユの市民義勇兵で構成された弓兵部隊だ。
彼らは市民義勇兵本来の役割である、正規兵と職業傭兵との連携で国土防衛を補佐する――と言う役割に順じていた。
その彼らを率いてたのが2級傭兵のバルバロンだった。
「全員、第1射をつがえて指示あるまで待機!」
その声が出されてから弓兵部隊の彼らは息を潜めていた。
中翼部隊の背後に隠れ、その時を待った。すなわち――
「指揮官から打伝あり、一斉掃射準備!」
――反撃の時を。
「一斉掃射準備――」
バロンの力強くも張りのある声が響く。
「――構え!」
その言葉とともにワルアイユの弓兵たちは立ち上がり両足を前後に開いてスタンスをとる。上方向へとやや斜めに構えて、左手で弓を、右手で弦を、それぞれ掴んで引き絞った。
バロンのすぐそばで待機している通信師の少女が、念話装置の無差別発信への切り替えノブを押し込めば、弓兵部隊の全員に聞こえたのは
「――撃てぇ!!――」
指揮官たるルストの声だった。さらにバロンが指示を下す。弓兵としてのありったけの誇りをその一本の矢へと込めながら――
――アレウラ、見ていてくれ、俺はこれからもこの国を護り続けよう――
――それは亡き妻へと送る誓いの一矢だった。
「放てぇぇッ!!」
射手の右手が矢とともに弦を離す。一本の矢は力を得て、虚空を切り裂いて飛翔していく。
その数――
――百余り――
――戦場の空を万感の思いを込めた矢が飛翔していく。愚かな奸計をもって侵略を試みようとした敵軍めがけて。
――ヒュン、ヒュン、ヒュヒュン――
鋼で作られた矢じりがトルネデアスの兵士たちの頭上へと降り注いでいた。
だが戦いはまだ終わらない。むしろこれからなのだ。
部隊長たるバロンは叫んだ。
「第2射準備! 敵に反撃の余地を与えるな!」
その声に答えるのはワルアイユの市民義勇兵を束ねる老獪なる村長メルゼム――
「応! 第2射準備!」
そして、バロンがさらに叫んだ。
「放てぇ!」
さらなる追い打ちがトルネデアスの砂モグラたちへと撃ち込まれていった。
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