旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

トモ・クドウかく語る ―北の隣国からの証言者―

公開日時: 2021年11月29日(月) 21:10
文字数:1,482

 ユーダイムは傍らに控えていた彼の従者である執事のセルテスへと告げる。


「〝彼女ら〟をここに」

「はっ」


 そしてセルテスは踵を返すと一度討議場の外へと向かい、少し置いて二人の女性を招き入れてきた。それは意外な人物だった。

 その二人の名は、


〝トモ・クドウ〟と、

〝レミチカ・ワン・ミルゼルド〟その人だった。


 一人はあきらかにフェンデリオルの人間ではなかった。北の隣国ヘルンハイトの民族にありがちな特徴を有している。

 ズボン姿にブラウス・シャツ、襟付きのショート丈のボタンジャケット。フェンデリオルの風俗の中にあっては男性風とも取れるその装いの上に、薄い水色のケープマントをかけている。顔にはシンプルな真鍮フレームの眼鏡がかけられ、白い肌に黒味がかった金髪をしていた。

 彼女は自ら名乗った。


「ヘルンハイト国立科学アカデミーにて、フェンデリオル古代文明の研究活動をしております主席研究員〝トモ・クドウ〟と申します」


 彼女はルストがエライアとして暮らしていた頃からの親友の一人だった。


「このような重要な席にあきらかな部外者である私に発言の機会が与えられたこと誠にありがとうございます」


 その彼女の語り口はヘルンハイトのアカデミーの研究員をしているというだけあって、極めて理知的な洗練されたものだった。

 そんな彼女にユーダイムは語りかけた。


「してクドウ女史に尋ねたい事があるがよろしいか?」

「はい、なんなりと」


 毅然としたその答えにユーダイムは問うた。


「あなたはモーデンハイム家の当主息女であられるエライア嬢の事はご存知か?」

「はい。彼女とは精術学の研究を通じ、彼女が軍学校で学んでいる頃から友人としてお付き合いさせていただきました。ですが彼女が今、軍学校はもとより、この中央首都オルレアにはどこにもいないことは十分承知しております」


 その言葉の通りエライアはこのオルレアには居ない。何処かへと旅立ってしまっているのだから。

 ユーダイムはさらに問うた。


「それではさらに尋ねるが、貴女の本来の活動拠点は北の隣国ヘルンハイトであると聞き及んでおる」

「はい」

「かつて2年前、我がモーデンハイムでは〝広報官〟を通じて、エライアがヘルンハイトへと入学を果たしたと世間一般に対して説明を行った。エライアがヘルンハイトへと留学したという言説はまことであろうか?」


 かつて2年前、モーデンハイム宗家のご令嬢であったエライア、表向きへの説明として隣国ヘルンハイトへと留学をしていると言う説明を、モーデンハイム家の広報官を通じて行なっていた。

 そしてそれが果たして事実なのか? をトモに尋ねているのだ。

 しかし、トモは顔を左右に振った。


「いいえ」


 トモの力強い声が響く。


「その風説は明らかに事実とは異なります」


 その言葉は明らかな苛立ちの他に静かな怒りが込められていた。その怒りを抑えながらトモは語り続けた。


「2年前から現在までの間、様々な部署や人物からエライア様の消息と留学の事実について、度重なるお問い合わせをいただきました」


 トモの凛とした声が響く中、会議参加者たちはじっと聴き入っている。デライガはなおも憮然とした表情を崩さなかった。


「しかしながら、2年前から今日に至るまでわが祖国ヘルンハイトの学術機関や大学はもとより地方都市の私塾に至るまで調査が行われてきました。ですが、エライア様の在籍が確認された学舎は1件も確認されてはおりません」


 それは厳然たる事実だ。そして、フェンデリオル人でない隣国からの来訪者である彼女だからこそ、語れる事実だった。その真実にはいかなる圧力も通用しないのだ。それはまさに事実という『刃』だったのだ。


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