メルト村からの帰り旅は気楽なものだった。
メルゼム大佐率いる正規軍の人たちと一緒だったということもあり自分たちで食料を調達する必要がなかったからだ。
今、正規軍では急速に食料の兵站事情が改善されてきている。瓶詰めの密閉保存食が普及したり、耐久性や安全性が上がった缶詰が開発途中だったり、色々な方法が考え出されている。
一番驚いたのが〝冷蔵保存装置〟
メルト村のお祭りでも見たが、精術の技術を応用して、氷精系の仕組みを組み込んだ保存容器が作られだしたのだ。
これにより新鮮な状態の食料を大量に運搬することは可能になった。大佐は私たちのぶんの食料も手配してくれたようでそのおこぼれに預かる形になった。
半調理済みの食料を、糧食配布担当の兵の人たちが加工のひと手間加えて食事の状態にして仕上げる。微力ながら私もその手伝いをさせてもらった。黙って見ているだけは性に合わないからだ。
熱々のリゾットに、豆のスープ、ミートローフに、パンにピーナッツクリーム。それに黒茶が振る舞われる。
ただ残念ながら革コップの飲酒はここでは無い。
正規軍だから任務中扱いになるからだ。まぁ、夜の歩哨に立つ必要も無いので贅沢は言うまい。
そんな風にして7日間の行程を5日ほどでたどり着く。視界のその先に見えてきたのが私たちの拠点であるブレンデッドの街だった。
平坦な道をテンポよく歩いて行くと見慣れた風景が視界に入ってきた。そして10日以上前に旅立ったブレンデッド郊外にある軍事演習場だった。
今は昼過ぎ。ようやくに到着した。
ワイゼム大佐は言う。
「我々はここを野営地として2〜3日滞在する」
そして彼は私へと視線を向けてこう告げた。
「君たちもご苦労だった。今後も何かあれば気兼ねなく相談してくれ」
「ありがとうございます」
そして私は部隊の仲間を集めると一列横隊で返答をした。
「それではこれにて査察部隊以下8名、任務を終了し現部隊から離脱させていただきます」
その言葉にワイゼム大佐以下、正規軍の方たちは、全員が敬礼で返事を返してくれた。それに対して私たちも敬礼で答える。
「ご苦労様でした」
そして私たちは正規軍の隊列から離れてブレンデッドの街中へと入って行ったのだった。
ブレンデッドの街中を歩き一路、傭兵ギルドの事務局へと向かう。そこで今回の事の顛末を詳細に報告しなければならない。
特に今回は騙されたとはいえ、勝手に軍事行動に参加したことになるからだ。
それに加えて、私自身が傭兵の常識としてありえないことをやってしまったのだからなおさらだ。
ワイアルド支部長の怒り顔が目に浮かぶようだ。
街の目抜き通りを歩くと自然と視線が集まってくる。ざわめきとともに色々な声が掛けられる。
「あれ、西方国境で活躍したルストさんじゃないか?」
「臨時編成の部隊を率いて、トルネデアスとやりあったんでしょ?」
「敵国と内通した上級候族の裏工作を見抜いて、逆に討伐までしたって言うぜ」
「あれで17歳でしょ?」
「信じられん」
「それにしても綺麗だな」
「ちょっと何デレデレしてんのよ」
私に向けた声もあれば、
「プロア様!」
「姿を見かけないからどうしたのかと思えば」
「やっぱり西方国境戦に参加してたのね」
「だって実力ある人だもの」
「優しいしね」
「でも近づきがたいのよね」
「何言ってんのそれがいいんじゃないのよ」
プロアに向けた黄色い声も混じってる
「パックだ」
「とうとうやったな」
「見事な技をもってっから何がやるだろうなーと思ったが」
「西方国境戦で敵の前線部隊を一人で壊滅させたんだってな」
「しかも素手だってよ」
「普段はそんなふうには全然見えねえんだがなぁ」
今回の戦いで一番の武功をあげたパックさんへの賞賛の声も漏れた。ただ戦象と言うのが上手く伝わっていないのか、倒した対象が敵の前線部隊にすり替わっていたのは噂話としてはよくある話だ。
私たちの姿を見かけた人たちが、街の他の人たちにも知らせたのか次々に人だかりが集まってくる。そうしてそういった人たちから色々な声のかけられた。
街はお祭り騒ぎの様相を呈し始めていた。
私の傍らでプロアが言う。
「ちょっとした凱旋だな」
「ええ、そうね」
情報というのは得てして先んじて大衆の人たちの方へと先回り広まっているものだ。そうなれば、意図せずして色々な人たちのところへと誇張された形で伝わるのは仕方のないことだ。
そしてその噂はおそらくは私を持ち上げるだろう。
――英雄――へと。
望むと望まざるに関わらずその流れは加速していくだろう。それはもはや覚悟しなければならないのだ。
多くの人が見守る中を私たちは歩いて行く。その歩いてたどり着く先に見えてきたのが傭兵ギルドのブレンデッド支部だ。
よく見慣れた石造りの建物。まずはここに出頭して報告をしなければならない。
周囲からなおも歓声が浴びせられる中を私たちは歩いて傭兵ギルドへとたどり着いた。建物の入り口には、数多の職業傭兵たちがたむろしていた。佇んで雑談をしていたのだが私たちに気づくと驚いた顔をしていた。
「来た!」
「帰ってきたぜ」
「こうしちゃいられねえ」
「みんなに知らせるぞ」
「おうよ」
私たちの姿を見て敵兵でも見つけたかのように挨拶もそこそこに彼らは飛び出していった。
ダルムさんがあきれ気味に言う。
「おいおい何だありゃ?」
ドルスが言う。
「俺らが帰ってくるのが何か重要事になってるみたいだな」
ゴアズが答える。
「なにか、帰り着く前にやっておかなければならないことでもあるのでしょう」
カークさんも言う。
「だろうな。あの走って行った方向からすると、天使の小羽根亭の方だろう」
そこまで聞かされて合点がいった。私は思わずつぶやく。
「ああ、なるほど、そういうことね」
この先に起こるであろう喧騒が想像されて思わず頬が緩んだ。そうこうしてる間に傭兵ギルドの入り口の扉を押し開く。
多くの人々がいつものように、傭兵としての仕事探しをしていた。それらの人々が私たちの方へと一斉に視線を向ける。次に起きたのは再び驚きの声と歓声だった。
「おおっ!?」
「ついに帰ってきたか!」
「英雄御一行様の帰還だ」
「陰謀を見事に打破した英雄たちだぜ」
「ご苦労さん!」
誰からともなく拍手が沸き起こる。人垣が割れてカウンターへの道が作られる。私を先頭として8人が2列になって歩いて行く。私の傍に立っているのはプロアだ。
カウンターの前に立つと私は告げた。
「エルスト・ターナー、以下7名。西方国境領、ワルアイユより帰還いたしました」
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