中央首都オルレア、そこはフェンデリオルと言う国の中枢であり、すべての権力が集まる地でもあった。
そして、その中でも国土を防衛するために重要となる情報が真っ先に集まる場所だ。
フェンデリオル国家正規軍中央幕僚本部、その国を守るための意思決定の全てがそこに集積される。
ときに時間を少し遡り、時計は正午へと差し掛かろうとしていた。
西方国境にてルスト指揮官に率いられた、臨時の防衛部隊が、見事、越境侵略軍を撃破してから少しほど時間が経過した頃だ。
ここ、中央幕僚本部にて、ある報せがもたらされようとしていた――
中央首都オルレアの南西部は正規軍関連の施設が集中している。敵対しているトルネデアスが西方国境から、あるいは南方のパルフィアを経由して侵略してくることを想定して、最も首都防衛に適した場所としてこの地に配置されている。
そもそもがオルレアは、なにもない広大な荒れ地に多くの市民たちが協力し合いながら作り上げた人工の都市だ。その理想都市を守るのが正規軍の役目ならば、最悪の状態を想定して配置されるのは当然のことだった。
都市は7重の環状道路を基本として構築されている。非常に美しい円形の計画都市だ。その円形都市の正規軍領域の都市中心部に最も近い方に存在するのが、国家正規軍の中央幕僚本部だ。
フェンデリオル国の各種国家機関が都市の中央に位置しているため、もっともそこに近い場所に設けられているためだ。
その建物は〝鉄色〟と呼ばれる暗緑色をしており独特の雰囲気を放っている。フェンデリオル正規軍と言えば誰もが鉄色を想像するほどに知れ渡っていた。
防衛拠点として実戦でも使えるように考慮されており、分厚く強固な外周壁と、20近くの哨戒塔が築かれており、それらに囲まれるようにしてそびえている5階建ての建物が正規軍中央本部の官舎だ。
その建物の3階の中心部付近にあるのが〝中央大会議室〟
中央幕僚本部を構成する主要人物たちが必要に応じた集まり、フェンデリオルという国をいかにして守るか? と言う事について日夜議論を交わしている場所だった。
敵国が越境侵犯をしたのは既に把握している。
またエルスト・ターナーと言う一人の傭兵少女の要請により〝前線指揮権の承認証〟の発行を認めた場所でもある。そんな彼らが待っているものと言えば西方国境地帯で勃発している戦いの趨勢そのものだ。
その日も西方国境のワルアイユ動乱について様々な意見が交わされているところだった。
「早急に増援部隊を編成すべきです!」
そう叫んだのは企画参謀の一人、企画部作戦計画課に所属する副官の一人だった。
それに対して反論をしたのは作戦参謀の一人で作戦課に属する武官だ。
「何を言う! 既に戦闘行動は開始されている。最も近隣の駐屯基地から出兵しても間に合わんぞ!」
「ではどうすれば良いと言うのですか! このまままんじりと国土が犯されるのを指をくわえて見ていろと言うのか!」
「そう言ってはおらん!」
反応を返した彼には敗北主義はない。しかしイタズラに兵部隊を動かせない理由があるのだ。
「焦って兵を動かして兵配置が手薄な場所を生じさせてはさらなる危機を招く! 敵国がそこまで考慮して、別部隊を潜伏させている可能性も考慮しなければならん! 戦局を局所的に見るわけにはいかんのだ!」
「その通りです」
落ち着いた声で意見を進言したのは後方支援や兵站を担当する後方参謀の一人で後方企画課の武官だ。
「今回、問題が発生しているワルアイユ近傍西方国境地帯は後方支援の観点からも、最も手が届きにくい難支援地域のひとつです。本来であればワルアイユ辺境領の領主の方と連携して支援体制を維持すべきなのですが、今回の事件の一つである隣接領アルガルドからの介入もあって円滑に連携が進んでいませんでした」
その言葉に総務参謀軍務課の一人の言葉を吐いた。
「今回の事件を考慮して時間をかけて仕込まれた〝妨害〟のひとつというわけか」
通信参謀の一人が言う。
「推測の発言で申し訳ないのですが、おそらくは西方司令部に根深く根を張っていたのでしょう。最前線現場からは様々な要請が寄せられていたはずです。それを何者かが握りつぶし続けていた」
総務参謀の一人が言う。
「十分にありえる話だ。重要な地位にある一人が自らの権限を十二分に行使し悪用すればな」
獅子身中の虫、いわゆる奸臣の存在だった。
「我がフェンデリオル全軍の失態だな」
「まったくだ。国民に対して向ける顔がない――」
苛立ちと後悔が会議室を支配しつつあった。だがその澱んだ空気を追い払うように発せられた声があった。
「だがたとえそうだったとしても、我々が全ての動きを止める理由にはならない」
その力強い声の主は誰であろう作戦参謀のトップ、中央参謀長を務めるソルシオン将軍その人だ。
将軍は力強く言葉を続ける。
「何より今、エルスト・ターナー2級傭兵は、我々が預託した前線指揮権を執行し、国境線防衛の役目を果たしているはずだ」
そして、会議の場に居合わせた諸将の中から次々に声が上がった。
作戦部の者たちが言う。
「その通りです。若干17歳とはいえ彼女が我々が想定している通りの人物であるのなら、数百人規模の手勢は確実に掌握できるはず」
「さよう、中央軍大学。始まって以来の英才中の英才と謳われた逸材だ」
「よもやこのような形で再び巡り合わせるとは」
「だからこそだ。我々が直接に支援をしてやれないのが歯痒くてならん!」
彼らの苛立ちは軍人ならではものだった。最前線に立つのが下級の兵卒の役目だとするなら、上層部は状況を統合的に判断し、最前線の彼らに適切な下命をするのが役目だ。だが、だからこそ、彼らにとって旧知の人物が最前線にて激戦の矢面に立っているとなれば、座して報告を待つことが何よりも辛く感じることもあるのだろう。
打つべき対策が打てず、対応が後手後手に回ったこともあってなおさらだった。
だが、噂は万里を越える。
そして、万里を越えて吉報はもたらされる。
中央大会議室の扉がノックされて開けられた。入ってきたのは大会議室の入り口左右に立つ12名ほど居る衛兵の一人だ。
「失礼いたします! 緊急伝文です!」
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