―精霊邂逅歴3260年8月某日―
―フェンデリオル国、西方領域辺境―
―ワルアイユ領メルト村―
ワルアイユ領――
フェンデリオル国の西の果て――
東西に約300シルド(約1200キロ)ほどのフェンデリオル国の西の最果てにあり、そこから数シルドほどで国境へと達する土地だ。
戦乱の絶えないフェンデリオルにあって国境沿いと言う位置から領民たちの防衛意識は高い。
農地にも恵まれ、主な産物は芋類に小麦――
さらには地下鉱物にも恵まれ有数のミスリル鉱脈が地下に眠っている。
領地こそ小さいものの経済的にも恵まれ、裕福な地方領の一つとして数えられていたのだ。だが――
西方地方領ワルアイユ領――
そこは苦難の絶えない土地だ。幾度も戦の舞台となっていた。その度に領民たちは故郷を守り、そして再興してきた。領主であるバルワラ・ミラ・ワルアイユ候の指揮のもとでだ。
だがその様相は、少しづつ異変を見せつつあった。
人々の気づかぬままに――
† † †
辺り一面の金色の小麦畑がそこには広がっていた。
浅い盆地状の土地一面にはワルアイユの主要な農産物である小麦やライ麦などが植えられていた。
見渡す限りの麦畑が広がり、その真っ只中を街道を兼ねた農道が続く。そして、碁盤の目のように脇道が縦横にのびていた。
太陽は頭上に有り、その角度から正午にはまだ早い時刻であった。
それらの麦畑は個人所有と領主の所有の農地とがある。個人所有農地はえられた収穫がそのまま個人の物となるもので農家の基本収入となる。対して、領主所有農地は領主が自らの収入とするべく設けているもので、納税の代わりに領民にその農地での農業労働を求めると言うものだ。
領主所有地での収穫はそのまま領主の実入りとなり、労働奉仕をした領民には実質経費分以外には支払われないのが通例だった。強制的な徴税を減免しているのだからそれでいいだろう? と言うのが領主側の言い分だったのだから。
だが、このワルアイユの領主は違った。
自領で働いてくれた農民には賃金を支払う事があるのだ。当然、必要経費も支払われるので所有農地の少ない小規模農家にはとてもありがたい存在だった。当然、積極的に働いてくれる者が増えるし、領主側も無理に人集めをしたり、労働を強制させる必要もないので管理が楽になるし、なにより収穫も満足の行く結果となる。
領主、領民、双方にとって利益の多い方法だったのだ。
ただし、それには領主が強欲ではないと言う条件が必須なのだが。
その日も領主所有の農地にて麦畑の手入れに精を出す人々がいた。
その中に若い男女が二人――
若い女性は年の頃17~8だろうか。腰から下にはパニエを身に着けその上に木綿地の質素な柄の袖なしワンピースを着込んでいる。両腕には農作業がしやすいようにと筒状の袖カバーが付けられていて、腰には布地のベルト、両肩から頭にかけてフード付きのハーフマントを日除けを兼ねてまとっていた。両足は防水防汚の革ブーツであり、飾り気のない実用本位なものだ。
炎天下で下草刈りに精を出している。赤毛の髪の生え際を汗が流れるが、袖カバーでそれを拭いながら作業に励んでいた。
対して、もう一人はまだ子供と言っていい体格で年の頃は12くらいだろう。ラフな仕立ての作業用ズボンを履き上は袖なしの木綿のスモック、足はサンダル履きで麦わら帽子をかぶっている。
彼は女性が刈り取った下草を拾い集めると一箇所に運んでまとめていく。あとで村のゴミ集めの当番の荷馬車がやってきて回収する手はずとなっていた。
黙々と人々が働く中で、年下の男の子のほうが年上の女性へと語りかける。
「姉ちゃん! リゾノ姉ちゃん」
男の子が声を上げる。二人は姉弟だったようだ。
腰をかがめて下草刈りをしていた姉だったが、弟の声に体を起こす。
「なに? ラジア?」
「そろそろお昼の支度しない? 他の人達も切り上げる頃でしょ?」
「そうね。休憩所でお昼の準備しましょ。ラジアは先に行って火をおこして。お湯も沸かしてね」
「分かった!」
姉の名はリゾノ・モリソン、弟の名はセラジア・モリソン――このうえに兄がいるが今はこの地には居ない。他の地域に出稼ぎに出ているのだ。
「後片付けしたら私もすぐ行くから!」
「うん!」
姉の言葉を聞くが早いか、弟はまたたく間に駆けていく。
その先には一軒の簡素な平屋がある。メルト村の農地に点在している共同の休憩所兼支度小屋の一つだ。
働くときも休むときもともに助け合う。それがフェンデリオル流だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!