編入試験の翌日。
合格の通知が届く前に呼び出されて、落ちたかなと思った。
問題が多くて、ちょっと、致命的なミスをしたのよ。
「こんにちは、デゼル」
先生が困り果てた顔で私を見た。
「デゼル、最後の問題の解答、同じのふたつ書いてるだろう。なんで、解答欄がずれたの直さなかったの」
「チャイムが鳴ってしまったので」
先生が頭を抱えた。
「解答欄を間違えていなければ97点なのに、これじゃあ、33点だよ」
「33点だと、編入試験は不合格でしょうか」
「不合格のわけはない、そうじゃなくて、算数が97点だったら、君は国語も90点で、生活は筆記と実技で124点、合計311点のトップ合格なんだよ」
うわぁ。
一週間の付け焼き刃だけど、予習までして頑張ったのに、200点満点のテストで124点とか、できのいい十歳の子供に敗北する生活力だったんだぁ。私、さすがすぎる。
ひきこもりでも、十年、独り暮らししてたのになぁ。
国語は漢字が書けなかったの。文章はキーボードで打つばかりで、手書きなんて、もう、何年もしていなかったもの。
ひらがなを忘れたと言ってた国立大学の友達を思い出すよ。
「それだったら、どちらでもいいです。デゼル、忙しいので帰っていいですか」
焼け石に水かもしれないけど、なるべく、闇巫女としてのレベル上げを頑張っておきたいの。
なるべく、サイファの傍にいたいの。
「え、ちょっと。そんな。ああっと、他にも聞きたいんだけど、『48×52=2500-4=2496』って、この計算方法は誰に習ったの。サイファに家庭教師を頼んでいるそうだけど、サイファは知っているはずがないぞ、こんなのは」
「えーと、その、……闇の神の声が聞こえて……」
苦しいかな。
真面目な先生なのね、途中計算までしっかり見るなんて。
七歳児が因数分解をしたのはまずかったみたいだけど、二桁のかけ算の小学生のやり方なんて、覚えていなかったんだもの。
正解さえすれば、いいと思ったんだけどなぁ。
「……そうか、さすが闇巫女様だね……『20以下の偶数の合計を答えなさい』の問題で『(2+20)×10÷2=110』と答えたのも、闇の神様?」
「はい、闇の神様です」
私はもう開き直って、自信を持って答えた。
「こんな解き方は先生も知らないんだけど、合ってるんだよね……」
この世界、高校と大学がなくて、中学を卒業したら、あとは大学院みたいなところと専門学校だけなの。
だから、庶民向けの小学校の先生は、だいたい中卒。
先生が知らないってことは、数列は高校で習ったのかな。
「よかったら、先生に教えてくれない?」
「先生、デゼルは忙しいので帰りたいです」
「ああ、わかった。そうだったね、帰っていいよ」
そう言いながら、先生が合格通知と新しい教科書を渡してくれた。
「明日からおいで」
「サイファと同じクラス?」
「闇巫女様の強いご要望だからね。だけど――」
つい、嬉しくなって頬が緩んだ。
学校は嫌いだけど、サイファと同じクラスなら、私、通う。
「サイファは少し、生活態度に問題のある子だよ? 何かあったら、マリベル様か先生に言うんだよ」
先生が私に、真剣な顔でそう言った。
先生、何か、知ってるんだ。
「どんな問題ですか?」
「まぁ、いろいろだけど。サイファはよく頑張っていて、テストの成績もいいんだけどね。母子家庭で、生活が苦しいストレスか、悪いことをするんだよ。ケンカがちで怪我も多いし――君には優しい?」
知らなかった、母子家庭なのね。だから、あんなに優しいのかな。
デゼルの家庭教師をお願いしてよかった。
ふつうの子供には稼げないくらい、お給料はいいはずだもの。
だけど、そういう、陰険なのがいるのね。
よく、わかった。
私はにっこり笑った。
「私にも、他の誰にでも、サイファは優しいです」
先生には、わかりませんか。
おかしいって、思いませんか。
だから、学校は嫌いなの。
でもきっと、先生にだって、悪気はないと思う。
私が先生の立場だって、わかる子と、わからない子がいるに決まってるもの。
犯人は割とすぐ――
私が編入して十日目の、生活の授業でわかった。
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