「デゼル、駄目だ!」
もう、サイファの声も聞こえない。
私は流れるように呪文を詠唱すると、ジャイロに強力な闇魔法をお見舞いしてあげた。
「冥夜の悪夢!」
「うわぁああ!」
黒い靄に包まれたジャイロが頭を抱えて悲鳴を上げた。
自分が何をしたか、思い知るといい!
「先生!」
恐ろしい幻覚を見せる闇魔法よ。
辺りが真っ暗闇に包まれて、誰もいなくなって、ジャイロに枝を折られた木が化け物になって襲ってくる悪夢を見せてやったのよ!
真っ青になったスニールがあわてて先生を呼んできた。
ジャイロと私を見比べて、ガタガタ震えながら、スニールが先生に言った。
「サイファが枝を折って、ジャイロがサイファを注意したら、デゼルが……!」
もぉ、なんだか笑えてきた。
泡を吹いて倒れたジャイロを見下ろしながら、私は感情に逆らわず、冷たく邪悪に微笑んであげた。
ええそう、立派な傷害事件よ?
よい子は真似してはいけないわ。
私はいいのよ、だって私は悪役令嬢デゼル。
現場を見て息をのむ先生に、私はつとめて子供らしい声を出して、言ってあげた。
そうまるで、真犯人を追い詰める時の名探偵コ〇ンのようなしらじらしさで。
「あれれぇ~! ジャイロ、倒れちゃったぁ! せんせぇ、あのねぇ、デゼルがね。サイファに駄目って言われたのに、闇魔法で枝を折ったのを、ジャイロとスニールが見間違えてぇ! 枝を折るなんて悪い子だって怒ったからぁ、デゼル、こわくなってジャイロに闇魔法を撃っちゃったの、ごめんなさぁい」
はっと、自分の役目を思い出したように、先生があわててジャイロを抱き起こして脈を確かめた。
大丈夫よ、気絶しているだけ。
「デゼル、もうしないからぁ、マリベル様の権力でぇ、もみけしてもらってください~」
身体は子供、頭脳は大人、完璧な名探偵〇ナンね。
一部始終を見ていた子供達と、見ていなかった子供達が、それぞれ違う衝撃を受けた様子でざわめいた。
嘘を吐き慣れないからニヤニヤしちゃうけど、かえって、いい演出よね。
ヤバすぎる邪悪さを醸し出してると思う。
「デゼル、君は……!」
「ごめんなさぁい」
先生にもう一度謝って、私はぎゅっと、震える手でサイファの手を握ったの。
「サイファ、デゼルのせいで、殴られてごめんなさぁい」
泣きながらサイファの怪我を、闇魔法で癒した。
この涙は、演技なんかじゃない。
私、演技で泣けるほど演技派じゃないもの。
闇巫女はロールとしてはヒーラーなの。攻撃魔法はそんなに多くない。
『星空のロマンス』の世界では、闇は安らぎを司るんだもの。
公国を滅ぼされる前の闇巫女は、正しく聖女なのよ。
「サイファ、今日はもう、帰ろう。デゼル、つかれた……」
「これ、誰かにあげる」と、ジャイロにもらった木の実を先生に渡してリュックをキノコだけにして、サイファと一緒にしばらく歩いた。
みんなが遠くなった頃に、サイファが黙ったまま、立ち止まった。
「サイファ、デゼルのこと、嫌いになった……?」
「何言って……! そんなわけない!」
サイファが私のことをどう思ったか、嫌いになったかもしれないと思って、こわかったの。
だけど、ほとんど、叫ぶように言ったサイファが涙声で、びっくりしたのよ。
私、サイファが泣くのなんて、初めて見たんだもの。
「どうして、デゼルが枝を折ったなんて」
「サイファが折ったんじゃないからよ」
だって、サイファも、ジャイロがやったって告げ口しないもの。
「サイファ、みんなの悪意が重いの……今日だけでいい、デゼルの傍にいて。デゼルのこと、嫌いになってなかったら、行かないで」
「嫌いなわけない!」
サイファがぎゅっと抱き締めてくれて、すごく、ほっとした。
「よかった……」
「デゼル……? どうしたの、震えてるし、熱があるんじゃ」
「サイファが傍にいてくれたら、へいき……」
だって、サイファはデゼルの闇主だもの。
サイファが傍にいてくれたら、ほんとうに――
私は途中で歩けなくなって、サイファがお姫様だっこで、大人の人のいるところまで運んでくれたの。
それで、迎えを呼んでもらったら、わざわざマリベル様がいらしてくれた。
いつもはクレイという人で、その人も一緒よ。
「デゼル様、どうなさったのですか!」
「マリベル様、今夜はサイファに、デゼルの闇主に、ついていて欲しいの。サイファのおうちに、神殿に泊まるから帰れないって、使者を……」
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