ところで、前世の記憶が戻ったことで、私、大変なことに気付いたの。
闇巫女としての、神殿の奥での暮らしは窮屈で退屈なものよ。
だから私は、あらゆる手を使って神殿を抜け出しては、城下の子供達と遊んでいたの。
それでね! 一昨日ね!
なかよしのサイファが、別れ際に私の手を取ってね、すごく真剣な目をして言ったの。
「デゼル、おとなになったら、あなたをお迎えに上がってもかまいませんか?」
サイファはまだ十歳よ、すごい!
なのに、私なんてまだ七歳だもの、満面の笑顔で、しょーもないお返事をしてしまったのよ。
「サイファ、おとなになるまでなんて待てません! あしたも、あさっても、迎えにきて下さるでしょう?」
また一緒に遊ぼうって意味だと思ったんだもの。
それなのに、サイファは「よろこんで」と優しく笑って、私をぎゅっと抱き締めてくれたの!
ああ、どうしよう。
サイファ可愛い、サイファ最高、サイファが素敵すぎて、乙女ゲームのシナリオなんて吹き飛んでしまいそう。
あ、私は悪役令嬢だから、別にいいのかな?
攻略対象者と結ばれる必要はないよね?
元の世界になんて戻れなくていい気がしてきた。
この世界でサイファと一緒になれたら、私、それでいい。
あれ、これ何の物語だったっけ。
――は!
駄目、駄目よ。
ゲームのシナリオ通りなら、三年後、オプスキュリテ公国は滅ぼされてしまうはず。
サイファは名もなき町人だもの、まず間違いなく、公国と運命を共にすることになってしまう。
デゼルが七歳ということは、ヒロインはまだ聖女としては生まれていないのよね。
まだ前世のユリアで、トランスサタニアン帝国の第二皇子ネプチューンの侍女をしているはず。二人は恋仲なのね。
だけど、ユリアは三年後、第一皇子ウラノスの妾にされそうになって、自害してしまうのよ。
ユリアを心の底から愛していたネプチューンは、それで絶望して挙兵し、皇帝と皇太子を殺害して悪の帝王となり、二十年後、ユリアを復活させる黒魔術のための生贄を求めて聖サファイア共和国に攻め込むの。
そこで、ユリアそっくりの聖女と出会い、闘うことになるんだけど――
乙女ゲームの本命といえば、たいていは敵の総大将と相場が決まっているし、京奈がハマってた『星空のロマンス』も例外ではなかった。
戦争シミュレーションじゃあるまいし、敵は倒すためにいるんじゃないのね。落とすためにいるのよ。
で、悪役令嬢がシナリオにどう絡むかってことなんだけど。
トランスサタニアン帝国の第一皇子ウラノスが悪いやつでね、第二皇子ネプチューンにもたいがい酷いことをしまくるんだけど、オプスキュリテ公国に侵略してくるのよ。
それが三年後。
デゼルは十歳の時に公国を滅ぼされ、美少女だからって侵略者にさらわれて、慰み者にされたあげくに闇落ちして強烈な魅了スキルを手に入れる悲劇の闇巫女なんだけど。
そんな目に遭わされているデゼルを助けるのが第二皇子のネプチューンなわけ。
ウラノスに恨み骨髄の二人だもの。
デゼルは迷わず、ウラノスを打倒して帝位を奪うため挙兵するネプチューンの腹心の部下になると。
ていうか、オプスキュリテ公国の主神は闇の神だし、闇落ちするまでもなく、デゼルは最初から闇巫女なんだけど。
ううん、それはどうでもよかった。
デゼルがこのイベントで獲得する魅了スキルは強烈よ。
範囲スキルで、育て上げた攻略対象者達さえ一網打尽。
デゼル戦はパーティをなるべく女性で構成する必要があるんだけど……。
いくら魅了スキルのためでも、この展開は頂けない。
サイファのためにも、なんとかして侵略戦争を止めないと。
え? 置いて行かれた?
そうね、よくできた乙女ゲームはなかなか、シナリオが入り組んでいるのよ。
敵の総大将を落として世界に平和をもたらし、敵も味方もみんなでハッピーエンドを迎えることが恋愛シミュレーションの最終目標なわけだから、敵の総大将が単なる悪人だったりはしないの。悪役令息が単なる悪人な乙女ゲームがあるならクソゲーよ。
敵の総大将たるもの、若くて麗しくて聡明で、助けてあげたくなるような悲劇のヒーローでなくてはいけないの。
悪役令嬢だってそうよ。
悪役令嬢さえも攻略対象になっている乙女ゲームはいくらでもあるし、私もしっかりデゼル・エンドを一度は見た。
攻略対象者そっちのけでデゼルを追い回して、攻略対象者たちに「デゼルを救うなんて無理だ!」と言われながら、薄幸の美女デゼルの闇魔法に苦しめられながら、聖女の愛の力でついには救ってしまうのよね。
問題は私の年齢よ。
悪役令嬢は主役じゃないから、悲劇を回避できるような年齢設定になっていないの。
いくらゲームのシナリオを知っていたって、十歳になる前にこの流れを止めるなんてこと……。
できるかできないかじゃないのね。
サイファのためにやるしかないのね。
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