「そこにいるだけで安心される存在が英雄なのね……私にもなれるのかしら……」
戦っている久遠を見ながら英雄としてやっていけるのか考えていると、男性が悲痛な声を上げていることに気が付いた。
「がぁぁ……くそ! 俺はここで終わるのか……」
地面に両膝を置いて痛みに耐えていると、周囲に響き渡る声で耐えているなという声が聞こえてくる。
「誰!? どこにいるの!?」
顔を上げて周囲を見渡した久遠は頭上から放たれた魔法を刀で弾いていく。
その魔法は黒い色をしており、見たことがない魔法であった。
「この魔法は……あんたは誰よ!」
久遠の目の前に降りてきた魔法を放った人物は黒い全身を覆うフードを被っており、その姿は見えない。
久遠は刀を構えたまま誰よとい続けていると、フードの人物がこいつはもらっていくと膝をついている男性の服を掴んでいた。
美桜はそのフードの人物を見ると声がこもって聞こえてくると感じ、動きの感じから女性ではないかと察する。
そんなことを考えていると、久遠が渡さないと叫びながら刀に魔力を流して斬りかかろうとしている姿が見えた。
「今は私の出る幕ではない。少しでも兆しがあるやつを集める時期でね」
「兆しって何よ? 教えてくれてもいいんじゃないの?」
「口を滑らすことなどないわ。今は退かせてもらう」
その言葉と共にフードの女性は男性を掴みながら宙に浮かび、その場から消えた。
敵が引いたことにより避難をした人たちは久遠様などの様々な呼び方で歓声を上げている姿がそこにある。
「美桜ちゃん大丈夫? 怪我とかしてないかしら?」
地面に座って久遠を見ていると優しい口調で話しかけられた。
さっきまでとは違う口調に戸惑うも、安心した顔をして差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。
「英雄としての初戦はどうだったかしら? いつもこういう感じっていう訳じゃないけど、今回のは何かがおかしいわね」
「そうですね。あのフードの人とか光や兆しってどういう意味なんですかね?」
光りという言葉を発した瞬間、久遠が目を見開いて美桜の両肩を掴んだ。
「光って言葉を発したの!? それは本当!? 本当にそう言ったの!?」
「と、突然どうしたんですか!? た、確かにそう言っていました!」
男性が言っていた言葉を久遠に伝えると、何やら神妙な面持ちになってしまう。
一体どうしたのだろうと目の前で考えている久遠を見ていると、一緒に来てと突然言われた。
「一緒にってどこにですか?」
「私の事務所よ。そこでこれからのことを話しましょう」
「久遠さんの事務所なんて初めて行くわ! 結構大きかった気がするけど」
「そうよ。ビル一棟が全部事務所ね。あ、さっきからスマートフォンが鳴っているわよ?」
スーツの内ポケットを触ると、言われた通りスマートフォンが鳴っていた。
取り出して画面を見ると葵から着信がきているようである。
「もしもーし」
「美桜ちゃん大丈夫!? さっきから電話しても出なかったんだけど!」
心配をしていた葵は、何度も電話をかけてくれていたようである。
途中から美桜が連絡をしなくなったので、何が起きているのかわからない葵は不安だったようだ。
「途中から連絡がなかったから心配だったわよ! 何があったの?」
「魔法犯罪者にあったんだけど、とても強くて追い詰められちゃったわ……」
呼吸を整えてから葵に何が起きたのか説明を始めると、突然久遠がスマートフォンを奪って話し始めた。
「もしもーし! 久遠です。これから美桜ちゃんは私の事務所に行くからよろしく! じゃ!」
そう言い通話終了ボタンを押した。
「ちょ、ちょっと! 何をするんですか!」
「光とか兆しって言おうとしたでしょ? あまりその言葉を英雄公社で言わない方がいいわ」
「どうしてですか?」
「それは英雄公社が何かを隠しているからよ。私でも知らない情報があるし、上層部が何を考えているかわからないからね。ほら、さっさと行くわよ」
久遠に右手を握られると、未だに歓声を上げていた避難をした人たちに挨拶をして宙に浮かんで空を飛んだ。
「空飛んでる!? 怖い!」
「怯えなくて大丈夫よ。私はいつも飛んでるし、手を握ってるからね!」
久遠に手を握られているので、美桜は運ばれる形で空を飛んでいた。
いや、飛んでいると言うよりは浮かんで水平に移動をしているという方が正しい。
「久遠さんって空を飛べたんですね」
「当然よ。私を含めて上位の英雄は全員飛べるわよ。ま、最低条件ってやつね」
「そうなんですね……私も飛べるかなー」
運ばれながら久遠に聞くと、クスクスと小さく笑いながらまだ無理よと一蹴されてしまう。
「私だって飛んでみたい! 久遠さんみたいにふわーって!」
「緻密な魔力制御が必要なのよ。一歩間違えたら魔力が暴走して宇宙にまで飛んで行っちゃうわよ?」
「そ、それは怖いわ……ちゃんと教わりたいわね……」
久遠に運ばれながら空を飛んでみたいと考えるようになっていた。
英雄のトップクラスの人と知り合いであることを活かしたいが、これからどうなるかわからない部分があるので今は流れに身を任せようと思うことにする。
「さ、そろそろ到着よ。都心部に事務所があるから時間はかからなかったわね」
「5階建てくらいですか? 結構大きなビルですね」
「ここまで大きくするのは大変だったわ。従業員も雇って芸能事務所としても運営をしているわよ」
ビルの屋上に降りた2人は、近くにあるドアから下の階に降りていく。
白い壁に白い階段を静かに降りていくと、久遠は4階と書かれている壁を見て立ち止まる。
「ここに入るわ。4階には私の部屋や事務所の受付があるから入りましょう」
「はい!」
良い返事を消した美桜は久遠に続いて扉を通る。
4階は久遠の英雄としての事務所がある階層で、久遠英雄事務所と書かれている看板が受付の上にかけられていた。
「さ、奥に行きましょう。私の部屋があるわ」
美桜に言うとそのまま進んで行く。
途中、久遠の姿を見た事務所の職員たちが挨拶をしている姿が見えた。
「久遠さんおはようございます! 戦闘をしてたと聞きましたが大丈夫ですか?」
「久遠さん、このあとお時間よろしいですか?」
職員たちに話しかけられた久遠は、すぐに笑顔でおはようと返す。
「ちょっとこの子が危なかったから助けたのよ。私は無事よ。あ、この子との話が終わったら行くから事務所で待っててね」
久遠は職員たちに返事をすると、美桜と共に自室に向かう。
4階の奥に進むと、社長室と書かれている部屋が見えた。久遠はその扉を開けて入室する。
「ここが久遠さんの部屋……社長だなんて凄いなー」
部屋の前で佇んでいると、久遠が早く来なさいと急かす。
「すみません!」
その言葉を発しながら久遠の部屋に入ると、まず目に入って来たのは綺麗に整えられている長机であった。机の上は綺麗に整えられており、パソコンが中心に置かれてその横に綺麗に書類が置かれていた。
また部屋の隅々には観葉植物が置かれており、とても落ち着く部屋となっていると感じる。
「中央にソファーがあるでしょ? そこに座って」
「わかりました」
久遠に言われた通り中央にあるソファーに座る。
すると久遠が、部屋の右側にある冷蔵庫からペットボトルの水を手に持って向かいのソファーに座った。
「さて、まずはこの事務所の説明をしようかな。この建物は私が買ったもので、英雄としての事務所と芸能事務所の2つが入っているわ」
「2つも運営をしているなんて凄いです!」
「褒めるのは後にしなさい。それで、美桜ちゃんには英雄事務所に寄せられる仕事を任せたいと思うわ」
「仕事ですか?」
「そうよ。私の英雄事務所にも何名か所属をしているの。担当官が付いていない英雄は沢山いるからね。その人たちの仕事のフォローというか救済措置ね。私の事務所に魔法犯罪があった場合には警察組織や一般の人たちから情報が来るから、すぐに魔法犯罪の対処に向かうって形ね」
久遠は苦笑をしながらお茶を飲み始める。
美桜は手元に何もないので、久遠が飲み終えるのを見ているしかなかった。
「それでね。美桜ちゃんにもある種、入社後の研修みたいなもので仕事に慣れてほしいとさっきの戦闘を見て思ったわけ」
「確かに何もなく英雄として活動をしてねと言われましたから……最終試験前の研修では特に合格後のことは何も聞きませんでした……」
俯いていると久遠が、落ち込んでも仕方ないわよと言う。
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