「ただいま連絡がありまして、黒羽さんが窃盗犯を捕まえたので最終試験に合格です!」
最終試験に合格。
その言葉を聞いた途端に涙が溢れてしまう。これで英雄として活動が出来ることや、両親の意志を継ぐことが出来るからである。
両手で顔を覆って泣いていると、受付カウンターの女性が英雄担当官から説明があるので、3階にお進みくださいと教えてくれた。
「3階の応接室にて説明を受けれますので。改めて最終試験合格おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
一礼をしてその場を後にする。
歩きながら何度か受付カウンターを見ると手を振ってくれていたので、恥ずかしがりながら手を振り返す。
「さて、1階の奥にエレベーターがあるから乗って3階に行こう」
美桜はエレベーターに乗ると多数の職員が勢いよく乗り込んできた。
エレベーター内で凄まじい勢いで押されてしまい、壁に体を衝突してしまう。
「うげぇ! い、痛い……」
エレベーターの壁にぶつかった左腕を擦りながら、3階に到着をした。
そこは区切られた会議室が多数作られている階層であるようで、一緒にエレベーターに乗った職員たちが走って各会議室に入っていく。
「あ、あの人たちも一緒に降りるのね。重傷を負った人の会議をするのかな?」
どういう会議をするのだろうと考えながら進むと、1人の男性職員が立っている姿が見えた。
その男性職員は整えられた黒髪の短髪をしており、眼鏡をかけて身長は美桜よりも少し高く見える。また、体型はスラっとしており自身と似た身長であるにも関わらず威圧感を感じていた。
「なんか人が立ってる。私には関係がないかな?」
そう呟きながら立っている男性の前を通り過ぎようとすると、君が黒羽君かなと話しかけられてしまう。
「あ、はい。私が黒羽ですけど」
「今回最終試験に合格したのは君だけだ。なのでこれから君だけにこれからの説明を行うから、来てくれ」
1人だけ。
その言葉を聞いて、面接試験の後に行った研修の光景を思い出していた。研修には自身を含めて10人の英雄候補生がいたはずだが、重症を負った2人を覗いても8人は最終試験に臨んでいたはずである。
「私しか受からなかったんだ……いきなり実戦だもんね……私は運が良かっただけなんだ……」
浮かれていた気持ちでいたのだが、すぐに現実を思い知って調子に乗っていたと思い知らされてしまう。
「ここの小会議室に入ってください。数名で使う会議室なので狭いですが我慢をしてください」
「いえ、充分広いので大丈夫です」
部屋の中心に円形のテーブルがありそこに椅子が10個並べられている。
10人が入れる部屋なので美桜はとても広い部屋だなと考えていた。
「座って大丈夫ですよ。これから説明を始めますね」
「あ、わかりました」
椅子に座ると、すぐに男性職員が部屋にあるホワイトボードに何かを書き始めた。
「黒羽君はこれから英雄としてこの英雄公社で活動をしてもらいます。研修でも習ったと思いますが、英雄は魔法を活用して人々のために身を粉にして働きます」
研修で教わったことを改めて教えてくれているが、美桜は君付けでどうして呼ぶのか理解が出来ずに変なところで悩んでしまう。
だが、ここで聞き逃したら教わる機会がないだろうと思って悩みを払って真剣に話を聞くことにする。
「英雄の中では、英雄公社に所属をしながら起業をして英雄活動をしている人もいます。例えばモデルや俳優として活躍している人もいますね。ただ、英雄としての活動が優先なので緊急時には英雄公社の指示に従ってもらっています」
研修で聞いたことも交えて教えてくれている。
美桜は何度も頷きながら忘れないようにしていると、英雄としての活動以外にもしている人をテレビや雑誌で見たことを思い出していた。
「確かにモデルや俳優として活動している英雄って特集をしていた気がするし、ボランティアをしながら魔法犯罪者の鎮圧に力を入れている人も見た気がする」
英雄としての活動以外に活躍している人を思い出しながら、続けて話を聞くことにする。
「さて、今回最終試験として英雄公社から指示を受けましたね? 英雄公社には様々な機関や国民から情報提供がされるので、職員から近場にいる英雄に連絡がいくことで仕事の指示を受けます。また、応援という形でも連絡がいくこともありますのでご注意ください」
「あれ? 受付カウンターの女性に聞いた時には、もっと仕事を受ける方法があったと思いますけど?」
美桜が聞いた話と少し違うなと小首を傾げると、男性職員が聞いていたのですねと小さく呟く。
「今話したこと以外にも仕事を受ける方法がはあります。基本は先ほど話したやり方ですけど、それ以外の方法で仕事を行う英雄の方が多くなっている現状です」
「今の以外ですか?」
「そうです。町を巡回して魔法犯罪者を捕まえることや、都や県から直接情報提供をされて魔法犯罪者に対処をすることなど多種多様な仕事方法が確立されています」
「それで個人で事務所を作る英雄が増えたんですね……」
個人で事務所。
美桜が発した言葉を聞いた男性職員は、勝手なことをする人が増えましたと口調を強くして言葉を発する。
「英雄は英雄公社の職員という扱いですけど、特に縛りはありません。誰が勝手にやり始めたかはわかりませんが、自分たちのやり方で仕事を始めたのです」
「私は普通に許可されていると思っていました」
「そんなはずはありません。まあ、こちら側としたら仕事をキチンとしてくれているから黙認をしていますがね」
煮えきらない思いを美桜は感じながら、男性職員の話を聞き続けることにした。
「とりあえず、黒羽君はこれから英雄公社の職員として日々犯罪を犯している魔法犯罪者に対処をしてください。専用のスマートフォンに連絡がいくと思うので、地域を巡回しながら連絡が届いたら詳細を聞いて動いてください」
「そうなんですね。わかりました!」
(これから英雄としての人生が始まるんだ! 頑張っていこう!)
男性職員を見ながら頑張っていこうと決意をする。
「ちなみに、情報提供を受けたらすぐに側にいる英雄や対応が可能な英雄に連絡が昼夜問わずにいくので、そこは覚悟をしておいてください」
「はい。あ、居場所って英雄公社にわかっているんですか?」
「そうですね。専用のスマートフォンで常に位置情報がわかっているので、そこは安心をしてください」
「ありがとうございます!」
説明を聞いて少し安心をした美桜は、これから英雄として活動をして琴音に楽をさせていきたいと考えていた。お金のことも大切だが、琴音に安心をさせることが美桜にとって最優先である。
「あ、賃金のことを忘れていましたね。英雄公社の職員としての賃金の他に、逮捕をした魔法犯罪者の数やその脅威度によって賃金に手当として加えられるので、頑張ってください」
「わかりました! 頑張ります!」
美桜の言葉を聞いた男性職員は、ふと武器は持っていますかと聞いてくる。
「あ、武器はもうもらいました。私の親が使っていた武器があったみたいで、それを受け取りました!」
そう言って指輪に魔力を流すと、右手に剣が出現した。
その剣を見た男性職員は、やはりあの方の娘さんでしたかと小さく呟く。
「黒羽さんは立派な英雄でした。他の英雄の模範となる方で、夫婦揃って尊敬できるお方でした」
「あ、ありがとうございます!」
(まさか両親を褒められるとは思わなかったな……お父さんたちはどれだけ凄い英雄だったんだろう?)
両親を褒められたので嬉しい気持ちになっていると、男性職員が黒羽君にも期待をしていますと言って小会議室から退出してしまう。
1人残された美桜はこれからどうすればいいのか不安になると、とりあえず1階の受付カウンターに移動をすることにした。
「これからどう動けばいいかわからないから、また迷惑だろうけど受付カウンターの女性に聞きに行こう」
小会議室から出てエレベーターに乗って1階に移動をすると、戻ってきた時よりも慌ただしさが減っていることに気が付いた。
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