「説明を受ける前よりも慌ただしさが減ったきがするわ」
周囲を見ながら受付カウンターに歩いて行くと、美桜の姿を見た受付カウンターの女性が小走りで近寄ってきた。
「黒羽さん! 説明が終わったんですね! 結構長かったので心配してました!」
「そんなに長かったですか?」
「1時間は経過していたと思いますよ?」
そう言われて自身のスマートフォンの画面を確認すると、既に1時間が経過していたのである。
短い時間だと考えていた美桜は、集中していたのか1時間も説明を受けているとは感じていなかった。
「集中していたんですね。黒羽さんはこれから英雄として活動するんですね! 期待をしています!」
「ありがとうございます! あ、そういえばお名前を聞いていないと思って……」
恐る恐る受付カウンターの女性に聞くと、そうでしたねと笑顔で名前を教えてくれる。
「私の名前は東雲葵です。改めてよろしくね!」
「よろしくお願いします!」
挨拶をすると葵がもっと軽く話して良いわよ笑顔を向けてくる。
いいんですかと驚いた表情をしながら返答をすると、もうお友達でしょと葵が手を握りながら言ってくれた。
「ありがとうございます! こんなに早く友達ができるなんて思わなかったです……」
「いいのよ。それに私は美桜ちゃんの御両親に救われたから、今度は美桜ちゃんの力になりたいの」
「私の親にですか!?」
「そうよ。学生時代に魔法犯罪者が町を破壊していたの。その時に美桜ちゃんの御両親が、ビルに押し潰されそうになっていた私を救ってくれたのよ」
御両親が救ってくれた。
その言葉を聞くと自身で救ったわけじゃないのに誇らしい気持ちになる。子供時代に英雄の活動内容は多少は聞いていたが、ここまで衝撃的な話は聞いていなかたので凄い活躍をしていたのだろうと察する部分がある。
「だから私は英雄公社でサポートをしていきたいと思ったの。美桜ちゃんも御両親の意志を継いで英雄になったんだよね? だから、私は美桜ちゃんのサポートをしていきたいと思ったの」
「そうだったんですね。ありがとうございます! 頼りにしてます!」
笑顔で感謝の言葉を伝えると、葵がこれからどうするのと話題を変えてきた。
美桜はそれで相談に来たんですと、ここに来た理由を伝えることにする。
「説明が終わってポイって外に出された感じで、これからどうすればいいのかわからなくて……」
「ああ、説明をしてくれた人が不親切だったのね。専用のスマートフォンはもらったかしら?」
「あっ! そういえばもらってない!」
「何をしているのやら…‥」
頭を抱えて落胆をしてしまった葵。
どうすればいいのか2人で悩んでいると、先ほど説明をしてくれた男性職員が慌てて美桜のもとに走ってくる姿が見えた。
「ここにいたんですか! 小会議室で待っててくださいよ!」
「えぇ!? 何も言わずに出て行ったから終わりかと思いました!」
男性職員に返答をすると、そんなわけないじゃないですかと怒られてしまう。
その言葉を聞きごめんなさいと頭を下げると、葵が男性職員に対してあなたが悪いわよと指を刺して怒り始めた。
「龍雅君はいつも言葉が足りないんだよ! ちゃんと相手にもわかるように説明しなきゃダメだよ!」
「うっ……すまない……」
葵に怒られてしまった男性職員は龍雅という名前らしい。
龍雅は美桜に対してごめんと頭を下げて謝ると、スーツの内ポケットから1台の白色のスマートフォンを取り出した。
「これを渡そうとしたんです」
「これって専用のスマートフォンですか?」
「そうです。このスマートフォンに英雄公社から連絡がいくので、常に持っていてください」
手渡されたスマートフォンを見ると、見たことがない機種であると一目で理解した。
「このスマートフォンって見たことがないわ」
「英雄公社が独自に開発をしたスマートフォンだからね。セキュリティーが万全になっているんだ」
「もっと丁寧に優しく教えなさいよ! 美桜ちゃんが困っちゃうでしょ!」
龍雅に詰め寄った葵はごめんと美桜に謝った。
謝らなくても大丈夫ですと言おうとすると、龍雅が毎回指摘するなよと葵に怒り始めてしまったのでいうタイミングを逃してしまう。
「あ、ていうか自己紹介をしたの? また何も言わなかったんじゃない?」
「どうせすぐやめるんだから言う必要ないだろう? 英雄になるのは難しいのに最近はやめる人ばかりなんだからさ」
龍雅の言うとおりである。
誰もが憧れる英雄という職業であるが、最終試験で落ちた人や重傷を負った人がいるように命の危険と隣り合わせなので、英雄として活動をしても耐え切れずに辞めてしまう人が多い仕事でもある。
「私は親の意志を継ぐから辞めません。それに私が働かないと妹と暮らしていけまえんから、続けていきます!」
「そうなのね。美桜ちゃんなら大丈夫! やっていけるわよ!」
「ありがとうございます!」
葵と龍雅に頭を下げると、美桜の耳に月橋だと言う声が不意に届いた。
「俺の名前は月橋龍雅だ。無理に覚える必要はないぞ」
「またそういうことを言う。もっと素直になった方が良いわよ? せっかく龍雅君の尊敬する人の娘さんに出会えたんだから」
尊敬する娘と言われると、そうなんですかと龍雅に話しかけた。
すると龍雅はうるさいと言ってそっぽを向きながら、その務めを果たすんだと言葉を発していた。
「わかりました! 英雄として頑張ります!」
そう2人に笑顔で言った瞬間、入り口ドアが開いて誰かが勢いよく投げ飛ばされた姿を見た。
「こいつが受験生を襲った魔法犯罪者だ。手間を取らせやがって」
魔法犯罪者を投げ飛ばしたのは、国で1番有名な英雄である暁総司である。
総司は短い赤色の髪をして彫が深い目鼻立ちがハッキリしている男性であり、筋骨隆々な体格と2メートルに届く高い身長を駆使して魔法犯罪者に果敢に立ち向かっていくことで有名だ。
「こいつを早く治療して拘束しておけ。俺は休む」
その言葉を残して総司は踵を返して英雄公社を後にした。
地面に血だらけで倒れている魔法犯罪者には左腕がなく、そこから血が大量に流れているのが見える。
「受験者に重傷を負わせた魔法犯罪者です! 直ちに拘束を!」
その場に居合わせた誰かが叫ぶと、英雄公社の職員が拘束を始める。
血だらけの魔法犯罪者を見るとここまでする必要があったのかと美桜は悩むが、時には苛烈な戦闘になるだろうとは考えていたので仕方がないのかなと呟く。
「あれは珍しい例よ。美桜ちゃんがあのように戦うことは滅多にないわ」
「はい……」
両腕で体を掴んで震えていると、龍雅が重罪を犯している魔法犯罪者は総司さんのようなトップ英雄にしか回らないから安心しろと声をかけてくれた。
「君には重罪を犯している魔法犯罪者は当たらないから安心しろ。今は出来ることをすればいいのさ」
「ありがとうございます……少し安心しました……」
「たまには良いことを言うじゃない。安心していいから、少しずつ力を付けて活躍しましょう!」
「ありがとうございます! 頑張ります!!」
葵に頑張ると言うと、龍雅は君に出来る範囲で頑張ってくれと声をかけてその場を後にする。
「龍雅君は悪い人じゃないからね。じゃ、私も仕事に戻るわね。依頼についてはそのスマートフォンに連絡がいくから、常に持っていてね」
「わかりました!」
手を振って仕事に戻った葵を見ると、とりあえず町を見て回ろうと決めた。
自身の力以上の依頼は回ってこないと聞いたので、魔法犯罪者を見つけたら即対処をしようと考えることにした。
「今は暁さんが捕まえた魔法犯罪者がいた地域が危険そうだから、そこを見て回ろうかな」
近くにいた職員に暁が捕まえた魔法犯罪者がいた場所を聞くと、水宮前だと教えてもらった。水宮前とは水と癒しをテーマにした繁華街であり、国でも有数の人気スポットである。多数の商業施設があるので、平日や休日でも人通りが多い場所だ。
とりあえずはその場所で魔法犯罪に触発された人が出ないように見張っておこうと考え、英雄公社を出ようとする。
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