「う、腕が……痛ぅ……」
地面に滴り落ちる鮮血を見ていると、フードを被っている女性がフードを外した。
露わになったその顔は口元を黒いマスクで隠しているために詳しくは見えないが、綺麗な碧い瞳と小さな鼻、そして日差しに照らされている美しい絹のように艶やかな茶髪の長髪をしている。また、露わになったその顔を見ると自身と同じ年齢の少女ではないかと驚愕をした。
「私の顔を見て何か思い出さない?」
突然何か思い出さないかと言われても何も思い出さない。
どういう意味なのだろうかと考えていると、フードを外した少女が真っ直ぐに見つめながら言葉を発した。
「あなたは昔からそうよね。都合が悪いことはすぐに忘れてしまう」
「私の何を知っているの!? 初めて会ったのに!」
「本当にそうかしら? 私は覚えているわよ?」
「な、何を言っているの!? 私はあなたを知らないわ!」
目の前にいるフードを外した少女が何を言っているのか全く理解が出来ない。知らないのに知っていると言われても思い当たる節がないのでわからない。
何をしたいのだろうと眉間に皺を寄せて考えていると、少し離れた場所から武器同士が衝突をする鈍い金属音が耳に入った。
「琉衣ちゃんが戦ってる!? 押されているの!?」
琉衣がイニスに押されている姿を見て、嘘であってほしいと思った。
刀でイニスの猛攻を防いでいる琉衣の顔は歪んで少しでも油断をしたら切り伏せられてしまうように見える。
「今のあなたを殺しても気持ちが晴れないから、ここは退かせてもらうわ。イニス! ある程度で戻りなさい!」
ある程度戦ったら戻りなさいとイニスに言ったフードを外した女性は、金色の剣で目の前の空間を切り裂いてどこかと繋げた。
「そうだ、まだ私の名前を言っていなかったわね。私の名前は愛理。今はそれだけ覚えておきなさい」
名前を名乗ると切り裂いた空間に入ってその姿を消した。
愛理と名乗った同い年くらいの少女は何者かしらと考えていると、琉衣の悲鳴が耳に入る。
「ぐぅ……久遠さんから教わった刀術が効かない!? どういうこと!?」
「お前はまだ若いな。武器に頼り過ぎているぞ! それじゃ俺は殺せないな!」
イニスから繰り出される連続攻撃を琉衣は刀で受けていた。
体全体を使って何かの型であろうか。見たこともない剣術から繰り出される流れるような連続攻撃で琉衣は攻められている。美桜は支援に行きたいが2人の戦いに入る隙が無く、攻められている琉衣をただ見ているしかなかった。
「あんな攻撃をよく捌けているな……私ならすぐ死んじゃうよ……」
刀を上手く使用して、イニスから繰り出される上下左右、様々な角度から襲い掛かる重い攻撃を受け流しているようであった。
美桜はその場から動かずにただ黙って琉衣とイニスとの戦闘を眺めていると、空から見殺しにする気なのと聞いたことがある声が聞こえてきた。
「美桜ちゃん! どうして琉衣の戦闘に参加しないの! 見殺しにするの!?」
その声の主は久遠であった。
久遠は空中からイニスに向けて刀を投げつけるものの容易に吹き飛ばされてしまうが、遠くに吹き飛ばされてしまった刀はまるで意思を持っているかのように久遠の手元に戻っていく。
「く、久遠さん……ありがとうございます……」
汗を大量に流して右頬から血を流している琉衣が久遠に話しかけた。
足が震えて今にも倒れそうな琉衣に駆け寄った久遠は、今は休んでと優しい口調で話しかけている。
「ありがとうございます……あ、美桜ちゃんを怒らないでください……英雄になったばかりで……この戦闘に入れませんから……」
そう言葉を発すると琉衣は気絶をしてしまった。
「よくも琉衣を……ただで済むとは思わないことね!」
怒りを露わにしながら刀を握る久遠の顔は少し前に見た笑顔ではなく、殺意で溢れているように見える。
ただ目の前にいる敵を殺す。それだけを考えているように見えていた。
「美桜ちゃん。琉衣と一緒に後ろに下がって。2人を庇って戦うほど、今の私には余裕がないわ」
一切美桜の方向を向かずに下がってと言うと、すぐにイニスに向けて駆け出した。
久遠の表情は見えないが、先ほどの様子から見て殺気を放ちながら刀を振るおうとしているように見える。
「今は言われた通りにしないと……琉衣ちゃん大丈夫!?」
体を揺さぶって何度か声をかけるも琉衣からの返答はない。
気絶をしてる琉衣の体を掴んで、引きづるように茂みに連れて行くことにした。
体に力が入っていない琉衣の体はとても重いが、久遠の指示に従ってこの場から一刻も早く下がることを最優先にした。
「ここまで来れば……」
茂みに移動をすることに成功をすると、そこにはカメラを持った撮影スタッフのリーダーの男性がうつ伏せで何かを撮影していた。
「な、何をしているんですか!?」
「琉衣ちゃんの友達か。撮影ができなくなったから、題材を変えて戦闘を撮影しようと思ってね」
「そうなんですね……勝手に撮影したら怒られませんか?」
「ちゃんと事務所を通すから平気さ」
リーダーの男性は何度もシャッターボタンを押しているようで、そのカメラは久遠とイニスの戦闘を撮影している。
「これが上位の英雄の戦いか! 燃えるじゃないか! 題名は何にしようか!」
1人で何度も言葉を発しながら撮影を続けている男性を見つつ、久遠の戦いを見ているしかなかった。
久遠は目で追い切れるギリギリの速度で刀を連続で振るって、イニスに攻撃の隙すら与えずに斬りかかっていた。
「久遠さん強い……さっきまでは一緒に笑っていたのに、戦闘になると鬼気迫る表情で戦ってる」
「それもそうさ。東雲久遠は戦闘になると人格が変わったかのように戦うことで有名だからな。これまで何十人と魔法犯罪者を捕まえてきた上位の英雄の強さの表れだな」
「上位の英雄……私もそこまで行きたいな……」
攻める久遠を見るとあれが本当の戦いなのねと自身の弱さを実感する。
英雄になったことでどこか安堵をしていた自身を恥じていると、横で気絶をしている琉衣の目がピクリと動いたことに気が付いた。
「琉衣ちゃん!? 気が付いたの!?」
「うぅ……美桜ちゃん? 良かった……無事だったのね……」
痛む体に鞭を打って立ち上がった琉衣は、カメラを持っている撮影スタッフのリーダーの男性の姿ン気が付いたようである。
「健吾さんまたやってるんですか? 久遠さんに怒られますよ?」
琉衣に健吾と呼ばれた撮影スタッフのリーダーの男性は、気にすることないさとシャッターを押し続ける。
「魔法犯罪者のせいでおじゃんになった撮影の代わりをしているだけさ。久遠さんもそれぐらいわかるでしょうよ」
そう言いながらも健吾が撮影をしていると、久遠が戦っている場所から爆発音が聞こえてきた。
「久遠さんの場所から爆発が!」
爆発が発生した場所に向けて琉衣が目を見開きながら久遠の名前を叫んでいた。
美桜も爆発が起きた場所を見ると、久遠の刀がイニスの腹部を貫いている姿がそこにはあった。
「久遠さんが勝ったわ! 流石久遠さんだわ!」
琉衣の喜んでいる声を聞きながら久遠が刀を抜いて血を払っている姿を見続ける。
イニスは片膝を地面につけると口から大量の血を吐いて苦しそうに何度も咳をしていた。
「やったね琉衣ちゃん! 久遠さんが勝ったよ!」
「ええ! やったわ!」
手を取り合って2人で喜んでいると、久遠が小走りで茂みに走って来ていた。
「お待たせ! 勝ったわ! さっきはごめんね美桜ちゃん。永湯になったばかりでこの戦闘に入ることは不可能だったわね」
「いえ、大丈夫です! あれが久遠さんの本気なんですね」
本気との言葉を久遠に言うと口を曲げて本気かと小さく呟いた。
「あれは少しだけしか力を出してないよ。本気はまだ出してないわ」
「あれでですか!?」
「そうよ。本気を出したら辺り一帯が火の海になっちゃうわ」
火の海と聞いてどれだけ凄い戦闘になるんだと考えても想像が出来ない。
琉衣はそんな美桜に気が付いたのか、いずれ見れるかもよと小悪魔なような笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「ま、今はあのイニスって男を本部に連れて行きましょう。何かわかるかもしれないし」
「そうですね!」
美桜が先を歩く久遠の隣に小走りで行くと、イニスの目の前の空間が突然円形に砕けた。
「な、なに!? 空間が砕けた!?」
「下がって! 何かおかしいわ!」
刀を構えた久遠に倣って美桜も剣を構える。
すると、見計らったかのように砕けた空間から先ほど消えた愛理が姿を現した。
「お前には後で罰を与える。王からの指示だ」
罰と言われたイニスは舌打ちをしてクソがと何度も呟いているようだ。
その2人を見ている久遠は、そいつを捕まえると愛理に話しかけている。
「そうはいかないわね。ここは退かせてもらうわ」
右手から眩い光を放った愛理はイニスと共に砕けた空間に入った。
愛理とイニス。2人が消えた場所を数秒間見続けると、脅威が去ったと美桜は理解をした。
「いなくなりましたね……もう大丈夫でしょうか?」
「そうね。殺意は消えたわ」
刀をしまった久遠は、茂みにいる琉衣に周囲の確認をしてと話しかけた。
「わかりました! すぐに確認をします!」
未だに傷が癒えていない琉衣だが、久遠の指示に従って周囲の確認に向かう。
美桜は駆け出した琉衣の背中を見ていると、不意にスマートフォンが気になったので手に取ってみると画面に20件も着信があることに気が付いた。
「うげッ!? 葵さんから鬼電が入ってる……」
肩を落として着信履歴から葵に通話をかけると、ワンコールで電話が繋がってしまう。
「ちょっと! 大丈夫!? 上榁国立公園で大規模な爆発と魔法犯罪者が出たって聞いたけど!」
早口で話してくる葵に対して、久遠さんや琉衣さんのおかげで何とかなりましたと焦りながら返答をしていくしかなかった。
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