「さて、行きますか。1人では不安だけど仕方ないわよね」
1人で頑張ろうと決意をすると、仕事に戻ると言った葵に話しかけられた。
「あ、待って美桜ちゃん! 今さっき指示があったの!」
突然呼び止められた美桜は、何かあったのかなと小首を傾げて葵のもとに歩いて行く。
「何かあったんですか?」
「凄いことよ美桜ちゃん! 私たちが話しているのを誰かが見たのか、新人の美桜ちゃんが期待されているのかわからないけど、私に美桜ちゃんの担当官になるようにと通達が届いたの!」
「担当官?」
「そうよ! 担当官よ!」
担当官と聞いて理解が出来ていない美桜は、どういう意味なのと葵に聞く。
「担当官っていうのはね、多大な貢献をした英雄にのみ付けられる専用の情報職員のことなの。先ほど魔法犯罪者を捕まえた暁総司さんや、モデルもしている天道琉衣さんなどに担当官が付いてるわ」
「そ、そんな凄い人たちに付いている担当官が、私に付いていいの!?」
「上層部がそう判断をしたんだと思うわ! これは誇って良いことよ!」
上層部がどうしてそう判断をしたのか理解が出来ないが、葵が担当官になってくれるのなら心強いと微笑む。
「ありがとう! 葵さんが担当官なら心強いです。あ、これから暁さんが捕まえた魔法犯罪者がいた水宮前に行こうと思っていたんです」
「確かにあそこなら魔法犯罪者が再度出そうね。わかったわ!」
葵はそう言いながらスマートフォンを取り出した。
スワイプして何かを出そうとしているようで、出してと声をかけてくる。
「連絡先を交換しましょう! これから多用することになるだろうから、知っていて損はないわ」
「いいの!?」
「いいのよ。そんなに驚くことはないわ。私も上層部がどう判断したのかわからないけど、サポートが出来るのなら嬉しいからね」
「ありがとう! 私も嬉しい!」
スマートフォンを取り出して葵と連絡先を交換する。
社会に出て初めての友達が出来たと喜んでいると、早く行かないとねと背中を押して送り出そうとしてくれた。
「ちなみに、英雄公社の各種電話番号は登録済みだからね!」
「わかったわ! じゃ、水宮前に行ってきます!」
頭を下げた美桜は英雄公社の入り口を抜けて駅に向かう。
本格的に始まった英雄としての活動に心を躍らせながら走り続けていた。これから両親の意志を継いで人々のために魔法を悪用する人を捕まえ、平和のために働くぞと考えながら走り続ける。
「さて、電車を乗り継いで水宮前に到着をしたけど、凄い人ね。平日なのにここまで人がいるなんて思わなかったわ」
水宮前は国有数の繁華街であると共に、家族連れでも楽しめるアミューズメント施設や水に関連した癒し施設が多く建設されている場所である。
「とりあえず到着したことを葵さんに連絡しようかな」
駅前に広がる噴水や水と触れ合える施設を見ながらスマートフォンを手にして電話をかける。何回かコール音を鳴らすと、焦った口調で葵は通話に出た。
「あ、美桜ちゃん!? 水宮前に到着したの?」
「はい! 到着したわ!」
その言葉を聞いた葵は、バタバタでごめんねと言いながら周囲でまだ魔法犯罪者の情報はないわと教えてくれる。
「担当官になったことで部署が変わったのよ。受付嬢の仕事は終わりだわ」
苦笑している姿が目に浮かぶが、楽しそうに話しているとわかる。
ありがとうと返答をすると、水宮前を歩いて異常がないか確認をしていくことにした。
「小さな子供が楽しそうにはしゃいでるわ。琴音も小さなころは無邪気に笑っていたなー」
子供の頃を思い出しながら噴水を見ると、綺麗だなという言葉が自然と口から漏れる。
「この町には子供の頃に来たけど、少し変わったかな? 知らない施設が増えてるし、ここまで人気な町になるなんて思わなかったなー」
駅前から離れて繁華街に出ると、楽しそうな家族連れが増えているのが見える。
幸せな笑顔。楽しく笑う顔。その全てが魔法犯罪者によって一瞬で変えられてしまう。
「私はこの笑顔を守らないといけないわね」
様々な小型商店や商業施設が立ち並ぶ繁華街を歩いていると手に持っているスマートフォンに通話がきたので、画面を見ると葵の名前がそこに表示されていた。
「葵さん、何かあったんですか!?」
慌てて通話に出ると、葵が焦った口調で話し始める。
「み、美桜ちゃん! まだ水宮前にいる!?」
「まだそこです! 何かあったんですか!?」
焦った口調の葵に驚きながらも、教えてくださいと声を上げながら返答をする。
すると葵は魔法犯罪者が現れましたと教えてくれた。
「水宮前のどこですか!?」
「繁華街にある小型商店を襲ってお金を盗んだみたいよ! つい2分前に英雄公社に情報が入ったばかりなの!」
「わかりました! すぐに向かいます!」
通話を切り小型商店が立ち並ぶ場所に走ると、目の前に破壊された小型商店が目に入る。その店はアクセサリーなどを売っているようで、店の前に怪我を負っている店主らしき男性を見つけた。
その男性は40代後半に見えるが、右腕から血を流していた。美桜はすぐに駆け寄ると、大丈夫ですかと声をかける。
「大丈夫ですか!? 襲われたんですか!?」
「ああ、そうだ……魔法を使って襲われた……普通の人はあそこまで魔法を扱えないはずなのに、何かがおかしかった……」
痛みに耐えながら魔法犯罪者のことを教えてくれたので、その情報を英雄公社に伝えるためにスマートフォンを取り出した。
「葵さん! 襲われた店の人に話を聞きました! やはり魔法を使って襲ったみたいです!」
「わかったわ。それで犯人はどこに行ったの?」
どこに行ったの聞かれたが聞いていないことに気が付いたので、横にいる店主に通話をしながら聞くことにした。
「犯人はどっちに行きましたか!?」
「あっちだ……店の金を鞄に入れて走って行ったよ……」
痛みを押し殺しながら教えてくれた。
すぐに治療をしないと危ない状態だったので、スマートフォンで店の名前を伝えて救急車を早くお願いしますと葵に伝えた。
「手配しておくわ。美桜ちゃんは早く犯人の元に!」
「はい!」
通話を終えて駆け出そうとすると、店主に止められてしまう。
「君はまだ子供だろう? 何者なんだ?」
何者かと言われた美桜は、微笑をして口を開く。
「私は英雄です。まだ新人ですけどね」
「君の年齢で英雄? 嘘だろ?」
「本当ですよ」
任せてくださいと言いながら店を後にすると、店主から教えられた方向に向けて走って行く。
その際に周囲を観察しながらどこかに隠れていないか見ると、大通りにあるビルの隙間に動く人影を見つけた。
「あそこの隙間に誰かがいる?」
美桜が見たビルの隙間は大人が2人横並びに入れる程度であり、薄暗い通路に隠れている可能性があることに気が付く。
「あそこにいるのかしら? 襲った店からは少ししか離れていないけど……」
静かにビルの隙間に近寄ると、美桜の目には20代前半に見える男性が黒いバックを両手で握り締めている姿が映る。
もしかして襲った犯人ではないかと思い、声をかけることにした。
「すみません。何かあったんですか?」
犯人だと決めつけずに、見かけて声をかけた形で話しかける。
一瞬鋭い目つきで睨まれるも、見かけて声をかけたのだと思わせることに成功をした。
「なんだ? お前には関係ないだろう。あっちに行け」
突然話しかけて来た美桜に対してあっちに行けと言う男性。
一度引こうとする素振りを美桜は取ると、その鞄には何が入っているのと言葉を発する。
「うるさいぞ! さっさと消えろ!」
「消えないわ! あなたあそこの店でお金を盗んだんでしょ!? 店主さんにも魔法で攻撃をして!」
お金を盗んだと言った瞬間、男性は目を見開いて右手を向けてくる。
「お前は何者だ? どうして盗んだことを知っている!」
「私が英雄だからよ。魔法犯罪者は許さないわ!」
「子供のお前が英雄なわけないだろうが! 邪魔をするな!」
叫んだ男性は、右手から火球を美桜に向けて発射した。
突然放たれた火球を光属性の防御魔法である小さな光の盾を出現させる光壁を発動して防ぐと、男性は魔法を簡単に扱った美桜に驚く。
「お前、簡単に魔法を!? もしかしてお前もあの光を浴びたのか?」
(光? 光ってなんのことなの? 光を浴びて魔法を使えるようになるなんて聞いたことないわ)
突然光を浴びたのかと言われて戸惑ってしまうが、今は目の前にいる魔法犯罪者を捕まえることが先決であると決めた。
「そんな光は浴びていないわ! 魔法犯罪者は捕まえるわ!」
指輪に魔力を通すと銀色の剣が右手に現れる。今回は目の前に犯人がいるので、鞘から剣を抜いて構えることにした。
その銀色に輝く剣を見た男性は、美桜に対して本当に英雄なのかと目を見開いて驚いているようだった。
「ガキのくせに邪魔をしやがって! とっとと消えろ!」
剣に一瞬怯えた男性は懐から手で掴める大きさの黒い四角形を取り出し、力強く握って魔力を流すと黒い剣に変形をした。
黒い四角形が黒い剣に変化したことに驚いてしまうが、驚いている場合ではないと思い気を取り直す。
「武器を出現させた!? あの黒い四角形は一体なんなの!?」
「ガキだからって容赦はしないぞ!」
男性は黒い剣を振るってくるが、その攻撃を難なくと防ぐことが出来た。
父親によって剣の使い方を教わっていたので、素人が振るう攻撃を防ぐことは簡単であったのである。
「振り方が素人丸だしね。そんな攻撃じゃ武器を使わない方がマシよ?」
「少し扱えるからって調子に乗るなよ!」
冷静さを欠いているように見える男性は、バックを投げ捨てたことによって空いた左手で魔法を発動させようとしていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!