入学式が終わり一ヶ月がたった。メルとアーバの初期評価は優秀。マオは平凡だった。メルは難しいとされる二種類の魔法の同時発動を行えるようになり、アーバはマシュウのお墨付きをもらっていた。
マオはさらに大きくなっていく劣等感に苛まれながら、今日も三人で学校に行く。
「今日の武術の訓練は外部からの特別講師が担当する。俺とマシュウは急用があるので出られない。よく指示を聞いて安全に訓練するように」
校庭にはメガネをかけた優しそうな男が立っていた。その背中には身長と同じぐらいの大剣が担がれている。
「訓練を受けおう「クライン」だ。まず一つ聞きたい。強くなるために必要なのは何だ?」
「努力です」
「違う」
マオの答えは速攻で否定される。
「答えは恐怖だ。このままでは生きられない。死んでしまうという恐怖。それが生命の限界を超える力になる。命の駆け引きがない訓練など時間の無駄だ」
クラインはメガネを外してポケットにしまう。
「大剣は切れないように刃をとってある。だが、鈍器としては最適だ。何度も当たると死ぬかもしれん。だから、お前達も全力で殺しに来い。何でもありの殺し合いだ。生きたきゃ強くなれ。ここは戦場だ」
「三秒だ。三秒で準備をしろ。戦場では誰も待ってくれない」
呆気に取られる生徒をよそにクラインは大剣を構える。
「行くぞ」
一番遠くにいたメル目掛けて大剣を薙ぎ払う。メルは反応すらできずに吹き飛ばされる。その光景を見たアーバは瞬時に戦闘体勢に入りクラインに殴りかかる。後ろから最大の力で放った拳は振り向きざまに大剣で受け流された。
「どうしてメルを狙った?」
「戦場で後方の魔術師を狙うのは当たり前だ」
クラインはアーバと戦わず、まだ動き出せない生徒を狙っていく。アーバも必死に追うが追いつけない。マオも必死に抵抗するがあっけなく地面に叩き伏せられる。ものの数分で立っている生徒は一人もいなくなっていた。
「弱い。優秀な生徒も多いと聞いていたんだがこの程度か。だが、俺の訓練はここからだ」
目があったマオにクラインは近づいていく。
「ヒール」
マオの傷が塞がっていく。
「立て。剣を握れ」
マオは剣を握りクラインにきりかかる。だが、結果は変わらない。剣を吹き飛ばされ、激痛に体が悲鳴をあげる。
「ヒール」
体の痛みが消えるのと同時に目の前に剣が投げ捨てられる。
「剣を握れ。思考をめぐらせろ」
何度繰り返されただろうか。激痛に心が疲弊していく。一瞬、 剣を握るのを躊躇してしまう。
「残念だ。少しは骨があると思ったのに。恐怖に負けたものに戦う資格はない」
クラインは大剣を振り下ろす。
「シールド」
目の前に出現したシールドが大剣を弾き返す。
「マオは私が守る」
「俺の一撃を食らって立ち上がるか。恐怖に打ち勝つその友情。賞賛に値する」
シールドを発動したのはメルだった。今にも倒れそうにヨロヨロと歩いている。
「今度はお前の番だ」
その言葉にマオは戦慄する。自分が受けた行為をメルが受ける。想像もしたくない。マオは恐怖で目を瞑ってしまう。
昔からそうだった。英雄になると言っていつも守ってもらってばかり。それにすら嫉妬してしまう。そんな自分が情けなくて。大っ嫌いだった。
(なら動け)
マオの頭の中に声が響く。
(ここで目を瞑っているのか? 体は動く。剣も握れる)
でも、
(一生後悔するぞ。惨めな自分を変えたいんじゃないのか? 英雄になりたいんじゃないか?)
なりたい。僕は英雄になりたい。
(なら立て。立って戦え。守りたいもののために恐怖など飼い慣らしてみせろ)
そうだ。僕はメルを守る。その為なら何だってやってやる。
(この程度であきらめるような奴が)
「英雄になんてなれるわけがない」
マオはゆっくりと立ち上がる。
「僕の友達を傷つける奴は許さない」
マオはクラインにきりかかる。クラインは反応して大剣で受け流そうとするが間に合わない。背中を剣がかすめる。
「友のために立ち上がる。素晴らしい。ヒール」
すぐに傷を癒してマオにきりかかる。だが、今までとは違う。クラインは本気で攻めるがマオの防御を崩すことができない。
「力の入れ方。間合いの取り方。剣の捌き方。全てが別人だな。同じ人間とは思えん。いや、別の人間か?」
(攻め方を見せてやる。よく覚えろ)
「一番 シュラ」
正面に剣を構えた状態から振り下ろしで三連。振り上げで三連。計六連の斬撃をほぼ同時に行う。クラインは大剣を横にして防ごうとするが数が多くて防ぎ切れない。クラインの片腕が勢いよく宙を舞う。
「死ね」
体勢の崩れたクラウンに止めの一撃を放とうとする。
「やめて。もういいよ。帰ってきてマオ」
後ろからメルに抱きつかれてマオは剣を落とす。
「ごめん。俺また」
「大丈夫だよ。私のために戦ってくれてありがとう」
腕を切断されもがいている講師。返り血で染まったマオ。その光景は意識のあった生徒にとって、恐怖として植え付けられるには十分すぎるものだった。
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