英雄は恥を晒す

少年の行き着く先は世界を平和に導いた英雄か、世界に破滅をもたらした恥晒しか。
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yulann

第一章 第十三節

公開日時: 2021年10月3日(日) 23:13
文字数:2,352

 マオは目を覚ました。いつも通りの朝。いつも通りの授業。今まで過ごしてきた何気ない生活が永遠のように長く愛おしく感じた。


 長い長い一日の授業を終え、帰路に着く。いつもの夕食は半分も喉を通らない。それだけこれから起こる出来事に緊張しているということだろう。夕食を終え、寮の敷地内にある公園に向かう。マオは自分の心臓が異常なほどに早く鼓動しているのを感じていた。その鼓動を収めながら今か今かとメルを待った。


 どれだけの時間が経ったのだろうか。それがマオの感覚によって引き伸ばされた時間なのか。本当に過ぎ去った時間なのかは分からない。だが、それでもマオは待った。いくらでも待った。そこにメルが来ないなんて微塵も考えていなかった。それだけメルのことを信じていた。


 ガサッ


 月が高く上がり夜も更けてきた頃。マオの背後から足音がした。マオの心臓は今まで抑えれていたのが嘘のように激しく動き始める。


「メルが遅れるなんて珍しいね」


 マオは何気なく振り返る。そして、自分の心臓が止まりそうなのを感じた。


「やあ、久しぶりだね」


 そこには自分が殺したはずのペイの姿があった。その光景でマオは全てを理解するに至った。メルのことを殺そうとしていた人物が現れ、メルの姿はない。最悪の未来がマオの頭をよぎる。


「大丈夫だよ。まだ、死んでいないから」


 その言葉にマオは一気に戦闘体勢に入る。


「おっと、攻撃はやめてくれ。僕が死ねばメルさんは確実に死ぬことになるよ? それでも良いのかな?」


 マオは剣を納めて戦闘体勢を解除する。


「そうだな。それが一番利口な選択だ。僕たちは戦いをしにきたんじゃない。話し合いをしたいんだ。さあ、着いてきてくれ。彼女の元へ案内するよ」


 マオ達は寮から出て街の付近にある森に入っていく。森の深部にある巨大な廃墟にマオは案内された。


「マオ!」


「メル!」


 廃墟の中に入るとメルが鎖に繋がれて柱に括られている光景が目に入った。咄嗟に駆け寄ろうとするがメルの背後から剣を持った男が現れた。


「近づくな。近づけば殺す」


「くそ」


「大丈夫。君の大切な人は殺さない。いや、殺したくない。だから、僕たちの話をもう一度考えてくれないかな?」


 マオは頭を抱えていた。いや、頭を抱えているふりをしていた。時間を稼ぐためだ。時間が経てば経つほど二人がいないことを不審に思う人は増えていく。同室のアーバは尚更だ。そうなれば教師陣が動く。マオはそれを狙っていた。


「良いことを教えよう。いくら待っても教師達はここには来ないよ」


「え?」


 自分の考えを見透かされていたようでマオは気の抜けた返事をしてしまう。


「僕たちはこの計画に大きな賭けをしている。そのための準備もしてきた。今頃街は炎が上がり、教師達と僕たちの戦士が戦っていることだろう。それに、この森には超強力な結界魔法がかかっている。結界内の空間を引き伸ばし通常の人間では進んでいることにすら気づけないほどの特殊結界だ。応援が来ることはない」


 マオは黙り込んでしまう。


「さあ、意地など捨ててこちらにおいで。僕たちの理想も間違ってはいないだろう。僕たちの世界で君は英雄になるんだ。英雄になりたいんだろう?」


「ダメだよ。マオは夢を諦めちゃダメ。マオは自分の意思を貫いて」


「黙れ」


 メルが近くにいた男に顔を殴られる。


「おい」


 その光景にマオは怒りが込み上げる。


「そうだろう。彼女には死んでほしくないはずだ。だから、手を貸してくれ。君の力が必要なんだ」


 マオは究極の選択に黙り込んでしまった。



 その頃。アーバはマオが戻らない異変に気づいていた。いくらなんでも遅すぎる。マオがメルと話をするのは聞いていたので公園に向かった。だが、そこに二人の姿はなかった。アーバは二人が仲良く散歩でもしている可能性も否定できなかった。だが、最悪の場合は今すぐに動く必要があった。足に力を込めて職員のいる建物に向かって一気に跳躍を開始する。


 ドガッ


 アーバの体を激しい衝撃が襲う。勢いを殺しきれずそのまま地面に叩きつけられた。


「君を行かせるわけにはいかない。君には俺と一緒に来てもらう」


 アーバの目の間には赤色の髪と目をした。中年に近いであろう男性が立っていた。


「痛えな。だが、今の音で何かが起きたのは明白だ。見通しが甘かったな」


「そうでもない。ここからが本番だ」


 その声とともに街の至る所で爆発が起き炎が上がる。


「私だけではない。多くの仲間がこの街で足止めの命を受けている。教師とて引退したものも多い。計画は完璧だよ」


 アーバは自分の予想した最悪の未来が現実のものであると理解した。マオから教えてもらったコンティの襲来。傭兵学園に忍びこみ街に戦争を仕掛けるほどの規模を持つ集団。冷や汗が止まることはなく、夜風は暑くなったアーバの体を少しずつ冷やしていく。



「私はもういいから。私が全部悪いの。今までのバチが当たったんだよ」


「黙れと言ってるだろうが」


 何度殴られようとメルはマオに夢を諦めないでと伝えた。今までのマオならメルを見捨てていたかもしれない。だが、あの時のあの戦いを終えたマオにとってメルを見捨てるという選択肢はなかった。


「僕が仲間になればメルは助けてくれるんですか?」


「勿論だ。仲間の大切な人を殺すわけがないだろう。僕たちは君を歓迎するよ」


「私はいいから。だから・・・」


 メルの目からは涙が溢れていた。


「そんなこと言わないで。僕はメルのことが大切なんだ。メルが僕のことを想ってくれているように、僕はメルのことを想っている。だから、僕はもういいんだ」


「よし。これで計画は成功だ。誰の命も奪わずに済んでよかった。さあ、二人でアジトに行こう。直に君達の仲間も到着するはずだ。また三人仲良く生活してくれ。ただ、目的が違うだけだ。さあ、縄を解け。移動を開始するぞ」


「「はい」」

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